ハチミツ in ビターチョコレート

#19 イメチェン ─side 咲凪─

 九月の中旬になって、彼氏が出来た、と美姫から連絡があった。どんな人かと聞くと、高校時代の友人に紹介してもらった年上の人だ、と教えてくれた。ちなみにホワイトデーに告白してきた肇とは同期として仲良くするに止めるつもりらしい。
 冷たそうだと話していた祐宜が上司になったことも、友人宅でのバーベキューで一緒になってから気にならなくなったと言っていた。異動して歓迎会をしてもらったようで、いまでは普通に話せているらしい。
「堀辺さんの彼女って綺麗なんやろなぁ」
 恋愛対象にはならないけれど、初めて見たときは格好良いと思ったし、彼を知っている女性たちの間では──社内恋愛の噂は聞いたことがないけれど──確かにモテていた。きっと彼女も彼と同じように美人でスタイルも良いのだろう。
『そうやなぁ……。ところで咲凪ちゃん、佐倉君……どう思う?』
 同じような質問を春にも聞いていた。あのときは〝肇に告白された〟と言っていたけれど、断っているはずだ。それからしばらくして肇から連絡が来ることが増えたけれど、特に変わった話はしていない。
「どうって……美姫ちゃんも知ってる通りやと思うけど……何かあったん?」
『ううん。私は何もないんやけど──、ごめん、言わんほうが良いんかなぁ……。佐倉君、咲凪ちゃんのこと気になってるみたいで』
「えっ? 私?」
 肇とは面接の頃から仲良くしていて、今では週に一度は連絡が来るようになった。同期の中ではおそらく、最も頻繁に連絡を取っている。
『こないだ昼休みに喫茶店行ったら、佐倉君と堀辺さんが一緒におって』
 祐宜が彼女の話をしたあと、おまえはどうだ、と肇に聞いたらしい。
『私にフラれたあとやから言いにくそうにしてたけど』
「佐倉君って、本社で評判どうなん?」
 店のパソコンで困ったときはだいたい店長が何とかしてくれるし、どうしてもシステム担当の助けが必要で来てもらったときも接客中で会うことはできなかった。文句を聞いたことはないけれど、良い噂も聞いたことはない。
『良いほうちゃうかなぁ。バイヤーたちもしょっちゅう助けてもらってるし。あ、そうそう、最近イメチェンして格好良くなったわ』
 肇とLINEや電話はするけれど、長らく会っていない。だから急に見た目が悪いほうに変わっていたら嫌だなとは思っていたけれど、そんな心配はしなくて良いらしい。
「ふぅん……まぁ……店には良い人おらんしなぁ……」
『佐倉君、咲凪ちゃんをデートに誘うって言ってた』
「えっ? ……いつ?」
『それは聞いてないけど……。決心ついたら連絡来るんちがうかなぁ。好きなものとか聞かれたし』
 彼と連絡を取っているうちに、なんとなく気になるようにはなっていた。だから美姫から聞いた話は素直に嬉しかったし、その後の肇からの連絡がものすごく楽しみになった。
 残念ながら、直後のLINEでは触れられていなかったけれど、一週間ほど経ってからデートに誘われて、肇が休みを調整してくれて平日に会うことになった。お昼前に待ち合わせてランチに行ってから、超高層ビルの展望台に上った。できた頃に友人と来たことはあるけれど、何年も前なので新鮮に感じた。
「佐倉君、美姫ちゃんとは問題なく話せてるん?」
「岩瀬さん? あ──フラれたから……? うん、普通に顔見たら喋ってる。そもそも僕は岩瀬さんのタイプではなかったみたいやし」
「彼氏できたって聞いた?」
「えっ、知らん。いま初めて聞いた」
「友達に紹介してもらった年上の人って言ってて……堀辺さんかなぁと思ったんやけど……」
「いや、それは違うと思うわ」
 友人宅でのバーベキューの話は肇も知っていた。美姫が人事に異動してから祐宜と仲良くなったのも事実らしいけれど、祐宜は三年前から付き合っている彼女と結婚予定らしい。
「それに、岩瀬さんが本社に来たとき、ほんまに堀辺さんのことで悩んでたし。出向中も彼氏いたって言ってたし」
「ああ、そっか。じゃあ勘違いなんかな」
「はは、でも確かに、急に仲良くなったから、総務部長とかには疑われてるけどな。それより、中野さん」
 次にいつ会えるかわからないので、今日のうちに言われるだろうとは思っていたけれど。
 肇は何か言いかけて、そのまま固まってしまった。
「なに? どうしたん?」
「あの──、僕と付き合ってください」
 肇は周りから人がいなくなるタイミングを(うかが)っていたらしい。肇の性格は控えめなので、いくら他人でも聞かれたくなかったのだろう。肇は少し赤くなりながらも、はっきりと言ってくれた。
 返事をせずに黙っていたので、肇は不安になってしまったらしい。
「もしかして、僕が先に岩瀬さんに告白したから……二番目か、って思ってる?」
「あっ、違う、それは、気にしてない。美姫ちゃんにはダメ元やったって聞いたし……私とはほぼ会ってなかったし」
「ごめん、急に何言ってんやろな」
「急──ではないんちがう? 連絡くれてたし。私も、気になってたから……良いよ」
 肇のほうを見て笑顔で言うと、彼は照れながら手を繋いでくれた。そのままゆっくり展望台を一周して、下りてからショッピングモールで買い物をした。
「咲凪、今日は何時頃までいけるん?」
「何時でも大丈夫やけど? まぁ、明日は早いから早めに帰るほうが良いけど……」
「実家暮らしやったよなぁ?」
「うん。あ、晩ご飯は食べてくるかも、とは言ってある」
 少し早めにレストランへ行き、窓際の席で夕景を見ながらいろんな話をした。美姫が言っていた通り肇はイメチェンしたようで、本当に以前より格好良く見えていた。もしも美姫のタイプが同年代だったら、彼とは付き合えていなかったかもしれない。
 二人とも電車で来ていたので、店を出てからそのまま駅へ向かった。方向が違うので違う電車に乗って、彼へのLINEで初めてハートのスタンプを送った。照れ臭かったけれど彼からも同じようなスタンプが届いて、思わず一人でにやけた。
 肇と付き合い出したことは、帰宅してから美姫に報告した。
『おめでとう! 良かったなぁ。……会社には、隠すん?』
「ううん。別に、大きい声で教えたりはないけど、隠さんと付き合うつもり。隠すのも大変みたいやし」
『そうやなぁ……。じゃあ、佐倉君を見かけたら咲凪ちゃんのこと聞こうっと』
 肇と相談して、付き合っていることは聞かれたら教えることに決めた。いつまで関係が続くかは分からないけれど、その方が別れは遠くなる気がした。学生時代の友人たちも社内恋愛には賛否両論だったし、美姫も〝相手の事情が分かって良いけれど隠すのが大変だった〟と言っていた。隠して疲れるくらいなら、隠さずに気楽にいこうと思った。
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