求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛
それから2人のヘアカットは順調に進む。

途中からメガネが汚れるといけないと取られてしまい、鏡越しの自分の顔もよく見えないでいる。

ふと、スタイリストさんが思い出したように私に向かって小声で聞いて来る。

「もしかして…旦那様…って、有名なピアニストさんじゃないですか?最近、ヨーロッパから帰国した…ピアノ界の貴公子って呼ばれてる…。」
世間の情報に疎い私は、そんな風に呼ばれている事も、そんなに有名な人だって事も今だ知らずにいたから…。

「確かに…少し前にヨーロッパから帰国しましたけど…。」
と曖昧な返事しか出来ないでいる。

「確か名前は…SIONさん!もしかしてピアニストの、SIONさんですか⁉︎」

突然そう叫び出すスタイリストさんに驚き、紫音さんもこちらに目を向けているようだ。
彼もきっとメガネを外しているのだろう…視力が悪い私にはぼんやりとしか見えないけれど…。

そんなに有名人なんだ…。

「後でサイン頂けますか?大ファンなんです。この前発売したアルバムも買いました!」
興奮気味でそう伝えるスタイリストさんに、

「今はプライベートなんです。内密にお願いします。」
氷のようなテンションで紫音さんが嗜める。

「あっ…すいません。つい…。」
スタイリストさんも、シュンとなってまた静かに手を動かし仕事に取り掛かる。

だから外では伊達メガネをしていたんだ…。そう思うと、不意にしっくりくる。

紫音さんって有名人なんだな…やっぱり…初めからオーラが違ったもん。薄々気付いていたけれど、気付かないフリをしていた。

一緒に外出していた時も、周りから好機な目に見られている事が多々あった。
彼がかっこいいからなんだと思っていたけれど…。
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