求婚は突然に… 孤独なピアニストの執着愛
そして本番当日(紫音side)
(紫音side)
あっという間に準備期間の2週間が過ぎた。
俺はずっと迷っていた。
彼女に本当の事を伝えるべきか…。
葉月心奈。
この名前は俺の心の奥底の、淡い記憶の1ページに刻み込まれた忘れられない名だった。
桜の花びらが舞う中、初めて彼女を見た瞬間、キラキラと木漏れ日を浴びたその微笑みに、釘付けになったのを今でも忘れない。
あの、高校三年生の春。
俺は夏にはウィーンの音楽学校に留学が決まっていた。残り数ヶ月の日本をなんの感情もなく、ただ時間だけが過ぎて行くのを待っていたに過ぎなかった。
中学三年の時、心の拠り所だった母が事故で突然亡くなった。
それから…何の為にピアノを弾くのか、誰の為に生きるのか分からず空虚な毎日を過ごしていた。
単身赴任の父親とは折り合いが悪く、兄弟もいない俺にとって、たった1人の味方が突然消えて、夢も希望も一緒に消えた。
それでも世界は変わらず回っていて、高校生になったが、未成年である俺は1人で生きられる訳もなく、父の単身先だった地方に引越し、そこから学校に通う事となった。
父は俺に興味なんてなく、ただ父親の義務を担っているに過ぎなかったし、俺も必要最低限しか会話をしなかった。
そんな俺にピアノ留学の話が舞い込む。
俺の人生は思えばピアノしかなかった。
ピアノさえ頑張っていれば母は喜んでくれたから…それが生活の一部になり、この先も朧げながらピアノしかないんだと思っていた。
だからきっと、死んだ母が喜んでくれるだろうと、留学の話を受け入れた。
父と2人の窮屈な毎日から逃げたかった事もある。
放課後の音楽室は、いつも俺が自由に使わせてもらっていた。
ピアノを弾いている時だけは無心になれたから、暗くなるまでただひたすらピアノを弾いて、日が暮れたら家に帰る毎日を何となく続けていた。
彼女を見たのはそんな時だ。
俺はその年の入学式でピアノ伴奏を頼まれていたから、普段より少し早く学校に来て練習をしていた。
2階の角にある音楽室からはグラウンドがよく見えて、その日もなんとなく、窓際に座りグラウンドの様子を見つめていた。
部活の朝練もさすがに入学式はないらしく、珍しくグラウンドも静まり返っていた。
朝の新鮮な空気を部屋に入れようと、おもむろに窓を開けた瞬間、ブワッと桜の花びらが風と共に部屋に舞い込んできた。
それに目を奪われていると、ふとグラウンドから小さな規則正しい足音と、はぁはぁと走る息づかいが聞こえてきた。
こんな日の朝早くに誰だろうと、俺は目を凝らしてグラウンドを見つめた。
そこには1人、見知らぬ少女が走っていた。まだ幼さを残した彼女は、着ているジャージも真新しく、新入生だろうか…と、しばらく見つめていた。
次に彼女を認識したのは、入学式の伴奏の時。
1番前の椅子に行儀よく座り、その眼差しは希望と期待でキラキラと眩しく輝いていた。
その時の俺はただ、彼女を認識したに過ぎなくて、ああ、やっぱり新入生だったんだとくらいにしか思っていなかった。
あっという間に準備期間の2週間が過ぎた。
俺はずっと迷っていた。
彼女に本当の事を伝えるべきか…。
葉月心奈。
この名前は俺の心の奥底の、淡い記憶の1ページに刻み込まれた忘れられない名だった。
桜の花びらが舞う中、初めて彼女を見た瞬間、キラキラと木漏れ日を浴びたその微笑みに、釘付けになったのを今でも忘れない。
あの、高校三年生の春。
俺は夏にはウィーンの音楽学校に留学が決まっていた。残り数ヶ月の日本をなんの感情もなく、ただ時間だけが過ぎて行くのを待っていたに過ぎなかった。
中学三年の時、心の拠り所だった母が事故で突然亡くなった。
それから…何の為にピアノを弾くのか、誰の為に生きるのか分からず空虚な毎日を過ごしていた。
単身赴任の父親とは折り合いが悪く、兄弟もいない俺にとって、たった1人の味方が突然消えて、夢も希望も一緒に消えた。
それでも世界は変わらず回っていて、高校生になったが、未成年である俺は1人で生きられる訳もなく、父の単身先だった地方に引越し、そこから学校に通う事となった。
父は俺に興味なんてなく、ただ父親の義務を担っているに過ぎなかったし、俺も必要最低限しか会話をしなかった。
そんな俺にピアノ留学の話が舞い込む。
俺の人生は思えばピアノしかなかった。
ピアノさえ頑張っていれば母は喜んでくれたから…それが生活の一部になり、この先も朧げながらピアノしかないんだと思っていた。
だからきっと、死んだ母が喜んでくれるだろうと、留学の話を受け入れた。
父と2人の窮屈な毎日から逃げたかった事もある。
放課後の音楽室は、いつも俺が自由に使わせてもらっていた。
ピアノを弾いている時だけは無心になれたから、暗くなるまでただひたすらピアノを弾いて、日が暮れたら家に帰る毎日を何となく続けていた。
彼女を見たのはそんな時だ。
俺はその年の入学式でピアノ伴奏を頼まれていたから、普段より少し早く学校に来て練習をしていた。
2階の角にある音楽室からはグラウンドがよく見えて、その日もなんとなく、窓際に座りグラウンドの様子を見つめていた。
部活の朝練もさすがに入学式はないらしく、珍しくグラウンドも静まり返っていた。
朝の新鮮な空気を部屋に入れようと、おもむろに窓を開けた瞬間、ブワッと桜の花びらが風と共に部屋に舞い込んできた。
それに目を奪われていると、ふとグラウンドから小さな規則正しい足音と、はぁはぁと走る息づかいが聞こえてきた。
こんな日の朝早くに誰だろうと、俺は目を凝らしてグラウンドを見つめた。
そこには1人、見知らぬ少女が走っていた。まだ幼さを残した彼女は、着ているジャージも真新しく、新入生だろうか…と、しばらく見つめていた。
次に彼女を認識したのは、入学式の伴奏の時。
1番前の椅子に行儀よく座り、その眼差しは希望と期待でキラキラと眩しく輝いていた。
その時の俺はただ、彼女を認識したに過ぎなくて、ああ、やっぱり新入生だったんだとくらいにしか思っていなかった。