求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛
(心奈side)
春のそよ風が熱った体に心地良い。
外のテラスに置かれたベンチで2人寄り添い、暮れていく夕焼けを眺めていた。

「心奈も飲んでみる?」
人の気も知らないで、紫音さんは飲んでいる缶ビールを軽く振って見せてくる。

「いえ…私はあまりお酒は飲めないので…。」
全く飲めない訳ではないけど、直ぐに顔が真っ赤になってしまうので、出来るだけ人前では飲まないようにしていた。

それに…前の会社の新人歓迎会以来、お酒を飲む事に抵抗があった。それを今、こんな楽しい旅行で話すのも気が引けて…。

美味しそうにビールを飲む紫音さんを横目に、ふとさっき思った疑問を聞いてみる。

「もしかして紫音さんは、本当は毎晩飲みたい人でしたか?そうなら私の送迎の為に、我慢させてしまいましたか?」

紫音さんは首を傾げながら、
「いや、普段家では飲まないよ。外に出た時だけかな。まず酒に酔った事も無いから、本当の意味で酒の良さは分からないし、付き合い程度に飲むだけだよ。」
そう言ってくるから、

「そうなんですね。」
と、凄くホッとした。

「もしかして気を使わせた?
実はさっき男湯で、風呂上がりの一杯が1番美味いって、話を聞いたから飲んでみたくなったんだ。」
事の真相を聞いて、ふふっと笑いが溢れる。

「どうでしたか?美味しかったですか?」

「確かに、冷えたビールが熱った身体に程よくて美味かった。だけど、これはコーラとかでも変わらないんじゃ無いかな。」
そう結論を出した紫音さんは、やっぱり紫音さんだと嬉しくなる。

「私も一口もらえますか?」
気付けば自然とそう言っていた。
純粋に湯上がりの一杯を飲んでみたい気になったから。
「大丈夫か…?」
少し心配気味に缶ビールを手渡される。

「もし、酔っても紫音さんが介抱してくれるから大丈夫です。」
笑ってそう伝えて、勢いでグビッと飲んでみる。

「っうわー。身体に染み渡る。」
まるで初めて飲んだビールの様に苦さが刺激的だけど、喉を通る何とも言えない爽快感が癖になりそうだ。

もう一口だけ気分でグビっと飲んでみる。
「確かに美味しいですね。だけど一缶は飲めないと思います。」
そう伝えて、紫音さんに缶ビールを戻す。
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