野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)
その日はお餅を食べて健康を祈る行事があった。源氏の君は家来の惟光にそっと耳打ちなさる。
「明日の夕方にも餅を持ってまいれ。今日では早すぎるのだよ」
にこにこと上機嫌でおっしゃるので、勘のよい惟光ははっとする。
「なるほど、明日がお祝いの日でございますか。いくつお持ちいたしましょう」
真面目ぶってお尋ねした。
「今日の三分の一ほどでよい」
それだけ聞くと、惟光は何もかも理解して下がっていった。
<役に立つ男だ>
源氏の君は頼もしい家来の後ろ姿をお眺めになる。惟光は実家に下がって、こっそり準備にとりかかった。明日はご結婚が成立する三日目の夜。そのお祝いのお餅だった。
姫君はまだすねていらっしゃる。
<もう四年も一緒に暮らしてきたというのに、今、突然に連れてこられた人のようなすね方だな>
源氏の君はおかしくなってしまわれる。
<それにしても、今までこの人を愛しいと思っていたのは何だったのだろう。こういう関係になると、これまでの何万倍も愛しくなる。もう一晩だって離れることはできないだろう>
翌日の夜遅くなってから、惟光は誰にも気づかれないようにお餅を持って参上した。
<年配の乳母から渡されたら、姫君は恥ずかしくお思いになるかもしれない>
気を利かせて乳母の若い娘を呼ぶ。
「これをこっそり姫君のご寝室に置いてください」
箱は中身が何か分からないようにしてあった。乳母の娘は不思議そうな顔をする。
「お祝いのお品です。枕元のあたりにお置きになるように。大切なものですから、適当に扱ってはいけませんよ」
惟光が小声で説明すると、娘は何か勘違いしたらしい。
「適当に扱うとか扱われるとか、私はそんな浮気女ではございません」
顔を赤くして言う。惟光はあわてて、
「浮気だなんて縁起が悪い。そういう言葉は今日は慎んでください。特に姫君の御前では」
と注意した。若い娘だから、よく分からないまま言われたとおりにする。
お餅が届くと、源氏の君は姫君にお教えになった。
「私とあなたが結婚したことをお祝いするお餅ですよ。一緒に食べて、末永く仲良く暮らしましょうね」
翌朝驚いたのは女房たち。寝室から下げてきた見かけぬ箱の中に、お餅が入っている。
「まぁ、これは」
「ご結婚なさったということね。いったい誰がご用意したのかしら」
「惟光殿のようですよ」
「あら、私たちにお命じくださればよろしかったのに」
姫君の乳母は感激する。
<ついに姫様は源氏の君とご夫婦になられたのだ。しかもお祝いのお餅まで、きちんとご用意してくださった>
うれしくて涙がこぼれる。
もう幼い若紫の君ではないわね。これからは紫の上とお呼びいたしましょう。
「明日の夕方にも餅を持ってまいれ。今日では早すぎるのだよ」
にこにこと上機嫌でおっしゃるので、勘のよい惟光ははっとする。
「なるほど、明日がお祝いの日でございますか。いくつお持ちいたしましょう」
真面目ぶってお尋ねした。
「今日の三分の一ほどでよい」
それだけ聞くと、惟光は何もかも理解して下がっていった。
<役に立つ男だ>
源氏の君は頼もしい家来の後ろ姿をお眺めになる。惟光は実家に下がって、こっそり準備にとりかかった。明日はご結婚が成立する三日目の夜。そのお祝いのお餅だった。
姫君はまだすねていらっしゃる。
<もう四年も一緒に暮らしてきたというのに、今、突然に連れてこられた人のようなすね方だな>
源氏の君はおかしくなってしまわれる。
<それにしても、今までこの人を愛しいと思っていたのは何だったのだろう。こういう関係になると、これまでの何万倍も愛しくなる。もう一晩だって離れることはできないだろう>
翌日の夜遅くなってから、惟光は誰にも気づかれないようにお餅を持って参上した。
<年配の乳母から渡されたら、姫君は恥ずかしくお思いになるかもしれない>
気を利かせて乳母の若い娘を呼ぶ。
「これをこっそり姫君のご寝室に置いてください」
箱は中身が何か分からないようにしてあった。乳母の娘は不思議そうな顔をする。
「お祝いのお品です。枕元のあたりにお置きになるように。大切なものですから、適当に扱ってはいけませんよ」
惟光が小声で説明すると、娘は何か勘違いしたらしい。
「適当に扱うとか扱われるとか、私はそんな浮気女ではございません」
顔を赤くして言う。惟光はあわてて、
「浮気だなんて縁起が悪い。そういう言葉は今日は慎んでください。特に姫君の御前では」
と注意した。若い娘だから、よく分からないまま言われたとおりにする。
お餅が届くと、源氏の君は姫君にお教えになった。
「私とあなたが結婚したことをお祝いするお餅ですよ。一緒に食べて、末永く仲良く暮らしましょうね」
翌朝驚いたのは女房たち。寝室から下げてきた見かけぬ箱の中に、お餅が入っている。
「まぁ、これは」
「ご結婚なさったということね。いったい誰がご用意したのかしら」
「惟光殿のようですよ」
「あら、私たちにお命じくださればよろしかったのに」
姫君の乳母は感激する。
<ついに姫様は源氏の君とご夫婦になられたのだ。しかもお祝いのお餅まで、きちんとご用意してくださった>
うれしくて涙がこぼれる。
もう幼い若紫の君ではないわね。これからは紫の上とお呼びいたしましょう。