野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)
 家来同士の喧嘩(けんか)(すえ)、とうとう御息所(みやすんどころ)の乗り物は後ろの方へ追いやられてしまった。行列が来てもほとんど見えないような場所だった。
 失礼な扱いを受けたことはもちろんお(くや)しい。しかしそれよりも、こそこそとやって来た乗り物の主が自分だと知られてしまったことの方が、御息所ははるかに恥ずかしくておつらかった。
 乗り物はひどく(こわ)れている。それを人に見られるのも嫌で、
<どうして来てしまったのだろう>
 と後悔(こうかい)なさるけれど、今さらどうしようもない。
見物(けんぶつ)はもうよいから、屋敷に戻りましょう」
 そうおっしゃっても周りは大混雑で、乗り物を動かすことができない。行列が近づいてきたと誰かが(さけ)んだ。御息所ははっとなさる。
<冷たいあの人だけれど、一目(ひとめ)でよいから見たい>
 と思ってしまわれるのだから、恋する心は弱い。

 行列が通っていく。御息所の乗り物の前には、今日のために美しく(かざ)った乗り物がたくさん並んでいる。馬に乗った源氏の君は、そのうちのいくつかに目を()めて微笑(ほほえ)まれる。恋人を見つけられたらしい。
 左大臣(さだいじん)()の乗り物ははっきりと目立つから、いかにも真面目(まじめ)そうに、きりりとしたお顔で通りすぎていかれる。源氏の君のお(とも)たちまでかしこまった態度をする。後ろの方でみすぼらしいことになっている御息所の乗り物には、ついにお気づきにならなかった。
<私は負けたのだ。こんなところまで出てきて、思い知らされてしまった>
 目から涙がこぼれるのを、御息所は女房に気づかれまいとなさる。おつらいけれど、
<立派なお姿だった。ちらりとでも見ることができてよかった>
 ともお思いになる。
< 9 / 40 >

この作品をシェア

pagetop