君が星を結ぶから
しんじつ。の月3
就寝時間になったので、バンガローの中で布団にくるまっていたが、ぜんぜん眠れそうにない。
キャンプは楽しかったけど、やっぱり先輩と朝陽さんの関係が気になって仕方がない。学童で朝陽さんを目で追う先輩、ふたりのショッピングモールでのデート、川遊びのときの痴話喧嘩。そして、お祭りで「好きな人がいる」と言って華絵さんを振った先輩。そのとき映像が脳内で勝手に再生されてしまい目が余計に冴えてしまう。
夜風に当たって気分転換でもしようとバンガローの外に出た。すると指導員や、我が子を寝かし終えた親たちが竈でBBQをわいわいと楽しんでいた。
昼間あんなに動いたのに、みんな元気だな。そう思いながら、私は広場の真ん中のキャンプファイヤーの終わり火の前で転がっている丸太に座った。
キャンプファイヤーの火はほぼ消えていて、炭になった薪がところどころ小さくちかちかと赤く光っているだけだ。
不思議なもので、その光をぼんやりと眺めていると少しだけ心が落ち着いてくる。
すると突然、流星先輩の声がまた頭の上から降ってきた。
「結、マシュマロ焼いてきたんだぁ。一緒に食べよ」
先輩はそう言って、となりに腰を下ろし串に刺さった焼きマシュマロを私に渡す。
「ありがとうございます」と、お礼をしてからマシュマロを一口食べる。外はかりかり中はとろとろの食感。口の中にマシュマロの甘さが広がった。ほっぺたが落ちてしまいそうなくらい美味しい。
マシュマロにかじりつく私を見て、先輩がとなりでにこにこ微笑んでいることに気づき、急に恥ずかしくなってしまう。
「焼きマシュマロ美味しいよね。僕も大好きでキャンプでよく食べてたなぁ」
「先輩の家はキャンプに行くんですね。うちは行ったことないから今回のキャンプが初めてでなんだか新鮮でした。すごく楽しかったです。改めて、誘ってくれてありがとうございます」
私がそうお礼をすると、先輩は黙って少し顔色が曇る。でも、すぐに「いやいや、受験勉強とかあるのに勝手に誘っちゃったのは僕のほうだし。こっちこそ、来てくれてありがとう」ともとの笑顔に戻った。
今なにか私は先輩の気に触るようなことを言っただろうかと振り返る。先輩が家で料理を作ってるから親孝行していると言ったときも、今、先輩の家はキャンプに行くんですねと言ったときも、共通しているのは先輩の家が絡むということだ。
昔から変に察しのいい私は、もう先輩の家族に触れる話やめとこうと思った。
少し変な空気になってしまったのを、変えようとしてくれたのか、「そういえば、結。空を見て。山の中の星空ってすごく綺麗なんだよ」と先輩が夜空を指さして教えてくれた。
私が空を見上げると、無数の星が煌めき夜空に広がっていた。そして、山の静けさの中、風の音、川の音、少し離れた竈でわいわいと話す指導員とお父さんお母さんたちの声だけが聞こえてくる。
まるで別世界に来てしまったかのような感覚だ。
「こんな星空を、結に見せたかったんだ。あのとき、悲しい思いをさせてしまったから」
先輩が本当に小さくそう呟いたのが聞こえて、私はぱっと先輩の顔を見る。
すると、先輩ははっと我に返ったような表情をして「げ、僕、今なにか言った?うわっ、恥ずかしい。独り言喋ったかも」と慌て出す。
この人はなんでこういう思わせぶりなことを言ってしまうのだろう。いつもの態度だってそんなことばかりだ。しかし、もともと誰にでも優しい先輩のことだし、私だけにとくべつなわけじゃない。でも、そうだと知っていても、先輩のことがまだ好きな私にとっては中毒性の高い毒のようなものだ。
叶うことのない恋を諦めきれず、苦しい思いをして、たまにこうやって甘くて嬉しい言葉を先輩からもらう。だから私はずるずると先輩のことを、いつまでも引きずってしまう。先輩の優しさは私にとって密の味がする毒なのだ。
そもそも先輩には、朝陽さんという好きな人がいるのに。そういうのよくない。やっぱり先輩の本性は噂通り、こうやって女をその気にさせる浮気男なのだろうか。
自分が誠実だと信じていた先輩も、先輩の今ままでの優しさも、もう全部がわからない。いっそ私の恋にとどめを刺して、希望の一欠片もないくらいに諦めさせてほしい。そうなれば、もう悩んで苦しまずにすむ。
ぐちゃぐちゃの感情がまとまらないまま我慢できなくなった私は、とうとう玉砕するようなことを口走ってしまう。
「どうしても、聞きたいことがあって…。先輩ってやっぱり朝陽さんのこと好きだから、学童でアルバイトしてるんですか?」
すると先輩は、目が開いて口は半開きの真顔になった。
しまった。ストレートすぎたか。いや、ここで話を濁されても、私はずっと前に進めないままだ。それにこれは終わらせるべき恋なんだ。
好きな人と話していると、いつも良くも悪くもボルテージが上がりすぎてしまう。冷静さを失い余計なことを言ってしまいやすく、まさに今の私がそれだ。
先輩からの回答を待っている間の時間がやけに長く感じる。
はやく、なにか喋って先輩。
苦しんでいる私をよそに、先輩はくすくすと笑い出してこう言った。
「結、なにかかんちがいしてるって。僕は朝陽さんのことは好きだけど、そういう好きじゃないよ」
本心を喋らないつもりか?そんなはずはない。私は知っている。
「え、でも、先輩はいつも学童で朝陽さんのことをよく目で追ってるじゃないですか」
「えー、見てたのバレてたの!?恥ずかしいなぁ。でも、それは僕が朝陽さんから、子どもたちへの接し方を学びたいからだよね。保育技術を盗みたいんだ」と、先輩は照れ笑いしてそう答えた。
まだ言い逃れをするか。でも、こっちは言い逃れできない場面を目撃している。
「でも、この前だって朝陽さんとショッピングモールでデートしてたじゃないですか!元カノだから、私に気を遣ってるんですか?そういうの変に隠されるほうがつらいです」
先輩は混乱した様子で、「ショッピングモールでデート…、してないんだけど…。なんのことだろう」と呟く。しばらく考えたあと、ぱっと顔が明るくなって「思い出した。そうか!浴衣のときか!」と手を叩いた。
私がうなずくと、「誤解誤解っ。あれは朝陽さんが彼氏さんにサプライズプレゼントするための浴衣の相談に乗ってたんだよ。ほら、スイカ割りのとき、スイカ持ってきてくれた金髪のお兄さん。あの人が朝陽さんの彼氏さんなんだよ」と先輩が慌てて説明をした。
私の頭は真っ白になる。どういうこと?全部私の早とちりだったってこと?どうしよう。そう思うと、次はとてつもない恥ずかしさに襲われる。本当に穴があったら入りたい。
顔を赤面させて口をぱくぱくさせることしかできない私に、「誤解は解けたみたいだね」と先輩がほっとした表情になって微笑んだ。
ここまでのやりとりで先輩はあの悪い噂とはちがってやっぱり誠実な人だと、私は信じることできる。先輩は、お祭りで華絵さんを振ったときに『好きな人がいるから』と言った。
その言葉に嘘はないはず。なら、その好きな人って朝陽さんじゃないならいったい誰なのだろう。そんな疑問で頭がパンクしそうな私のとなりで、「あのさ、学童でアルバイトしてる理由なんだけどさ」と先輩が真剣な表情になって話し始めた。
「僕はにじそら学童の指導員になるって夢があるんだ。高校を卒業したらすぐに働きたいと思ってる」
先輩はてっきりどこかいい大学に行くものだと勝手に思っていた私は驚いた。先輩は話をつづける。
「実は僕も、このにじそら学童に小学生の頃ずっと通っていたんだ。それこそ、家にいる時間より学童で過ごした時間のほうがずっと長かったよ。人間関係が希薄になってるって言われてる時代だけど、僕にとって学童があたたかい家族のような場所だった。今の僕があるのはにじそら学童のおかげだって感謝してる。だから今度は僕が指導員になって人手不足でピンチな学童を助けたいんだ。そして、困ってる子どもたちやお父さんお母さんたちの力になりたいって思ってる、それこそ、朝陽さんのようにね」
流星先輩は本当にまっすぐで誠実な優しい人だ。女遊びがひどいとかいう悪い噂が流れてるSNSとは、ぜんぜんちがう。みんな先輩のこういうところも知らないで、SNSでは言いたい放題。
その人の本当の素顔なんてSNSじゃわかるわけないのに、憶測でものを言って集団で個人を傷つけ追い込んでいくような、そんな風潮に私は嫌気がさす。
幸い先輩は、バズっている種高の流星のSNSアカウントにこだわっていないことを私は知っている。炎上しているからと言って、ものすごく傷ついている様子もない。
それでももしかしたら、私には見せてないだけで陰で先輩は傷ついているのかも知れない、ふとそう思った。
それから少しおしゃべりをして、私と先輩は自分のバンガローに戻って就寝した。
キャンプは楽しかったけど、やっぱり先輩と朝陽さんの関係が気になって仕方がない。学童で朝陽さんを目で追う先輩、ふたりのショッピングモールでのデート、川遊びのときの痴話喧嘩。そして、お祭りで「好きな人がいる」と言って華絵さんを振った先輩。そのとき映像が脳内で勝手に再生されてしまい目が余計に冴えてしまう。
夜風に当たって気分転換でもしようとバンガローの外に出た。すると指導員や、我が子を寝かし終えた親たちが竈でBBQをわいわいと楽しんでいた。
昼間あんなに動いたのに、みんな元気だな。そう思いながら、私は広場の真ん中のキャンプファイヤーの終わり火の前で転がっている丸太に座った。
キャンプファイヤーの火はほぼ消えていて、炭になった薪がところどころ小さくちかちかと赤く光っているだけだ。
不思議なもので、その光をぼんやりと眺めていると少しだけ心が落ち着いてくる。
すると突然、流星先輩の声がまた頭の上から降ってきた。
「結、マシュマロ焼いてきたんだぁ。一緒に食べよ」
先輩はそう言って、となりに腰を下ろし串に刺さった焼きマシュマロを私に渡す。
「ありがとうございます」と、お礼をしてからマシュマロを一口食べる。外はかりかり中はとろとろの食感。口の中にマシュマロの甘さが広がった。ほっぺたが落ちてしまいそうなくらい美味しい。
マシュマロにかじりつく私を見て、先輩がとなりでにこにこ微笑んでいることに気づき、急に恥ずかしくなってしまう。
「焼きマシュマロ美味しいよね。僕も大好きでキャンプでよく食べてたなぁ」
「先輩の家はキャンプに行くんですね。うちは行ったことないから今回のキャンプが初めてでなんだか新鮮でした。すごく楽しかったです。改めて、誘ってくれてありがとうございます」
私がそうお礼をすると、先輩は黙って少し顔色が曇る。でも、すぐに「いやいや、受験勉強とかあるのに勝手に誘っちゃったのは僕のほうだし。こっちこそ、来てくれてありがとう」ともとの笑顔に戻った。
今なにか私は先輩の気に触るようなことを言っただろうかと振り返る。先輩が家で料理を作ってるから親孝行していると言ったときも、今、先輩の家はキャンプに行くんですねと言ったときも、共通しているのは先輩の家が絡むということだ。
昔から変に察しのいい私は、もう先輩の家族に触れる話やめとこうと思った。
少し変な空気になってしまったのを、変えようとしてくれたのか、「そういえば、結。空を見て。山の中の星空ってすごく綺麗なんだよ」と先輩が夜空を指さして教えてくれた。
私が空を見上げると、無数の星が煌めき夜空に広がっていた。そして、山の静けさの中、風の音、川の音、少し離れた竈でわいわいと話す指導員とお父さんお母さんたちの声だけが聞こえてくる。
まるで別世界に来てしまったかのような感覚だ。
「こんな星空を、結に見せたかったんだ。あのとき、悲しい思いをさせてしまったから」
先輩が本当に小さくそう呟いたのが聞こえて、私はぱっと先輩の顔を見る。
すると、先輩ははっと我に返ったような表情をして「げ、僕、今なにか言った?うわっ、恥ずかしい。独り言喋ったかも」と慌て出す。
この人はなんでこういう思わせぶりなことを言ってしまうのだろう。いつもの態度だってそんなことばかりだ。しかし、もともと誰にでも優しい先輩のことだし、私だけにとくべつなわけじゃない。でも、そうだと知っていても、先輩のことがまだ好きな私にとっては中毒性の高い毒のようなものだ。
叶うことのない恋を諦めきれず、苦しい思いをして、たまにこうやって甘くて嬉しい言葉を先輩からもらう。だから私はずるずると先輩のことを、いつまでも引きずってしまう。先輩の優しさは私にとって密の味がする毒なのだ。
そもそも先輩には、朝陽さんという好きな人がいるのに。そういうのよくない。やっぱり先輩の本性は噂通り、こうやって女をその気にさせる浮気男なのだろうか。
自分が誠実だと信じていた先輩も、先輩の今ままでの優しさも、もう全部がわからない。いっそ私の恋にとどめを刺して、希望の一欠片もないくらいに諦めさせてほしい。そうなれば、もう悩んで苦しまずにすむ。
ぐちゃぐちゃの感情がまとまらないまま我慢できなくなった私は、とうとう玉砕するようなことを口走ってしまう。
「どうしても、聞きたいことがあって…。先輩ってやっぱり朝陽さんのこと好きだから、学童でアルバイトしてるんですか?」
すると先輩は、目が開いて口は半開きの真顔になった。
しまった。ストレートすぎたか。いや、ここで話を濁されても、私はずっと前に進めないままだ。それにこれは終わらせるべき恋なんだ。
好きな人と話していると、いつも良くも悪くもボルテージが上がりすぎてしまう。冷静さを失い余計なことを言ってしまいやすく、まさに今の私がそれだ。
先輩からの回答を待っている間の時間がやけに長く感じる。
はやく、なにか喋って先輩。
苦しんでいる私をよそに、先輩はくすくすと笑い出してこう言った。
「結、なにかかんちがいしてるって。僕は朝陽さんのことは好きだけど、そういう好きじゃないよ」
本心を喋らないつもりか?そんなはずはない。私は知っている。
「え、でも、先輩はいつも学童で朝陽さんのことをよく目で追ってるじゃないですか」
「えー、見てたのバレてたの!?恥ずかしいなぁ。でも、それは僕が朝陽さんから、子どもたちへの接し方を学びたいからだよね。保育技術を盗みたいんだ」と、先輩は照れ笑いしてそう答えた。
まだ言い逃れをするか。でも、こっちは言い逃れできない場面を目撃している。
「でも、この前だって朝陽さんとショッピングモールでデートしてたじゃないですか!元カノだから、私に気を遣ってるんですか?そういうの変に隠されるほうがつらいです」
先輩は混乱した様子で、「ショッピングモールでデート…、してないんだけど…。なんのことだろう」と呟く。しばらく考えたあと、ぱっと顔が明るくなって「思い出した。そうか!浴衣のときか!」と手を叩いた。
私がうなずくと、「誤解誤解っ。あれは朝陽さんが彼氏さんにサプライズプレゼントするための浴衣の相談に乗ってたんだよ。ほら、スイカ割りのとき、スイカ持ってきてくれた金髪のお兄さん。あの人が朝陽さんの彼氏さんなんだよ」と先輩が慌てて説明をした。
私の頭は真っ白になる。どういうこと?全部私の早とちりだったってこと?どうしよう。そう思うと、次はとてつもない恥ずかしさに襲われる。本当に穴があったら入りたい。
顔を赤面させて口をぱくぱくさせることしかできない私に、「誤解は解けたみたいだね」と先輩がほっとした表情になって微笑んだ。
ここまでのやりとりで先輩はあの悪い噂とはちがってやっぱり誠実な人だと、私は信じることできる。先輩は、お祭りで華絵さんを振ったときに『好きな人がいるから』と言った。
その言葉に嘘はないはず。なら、その好きな人って朝陽さんじゃないならいったい誰なのだろう。そんな疑問で頭がパンクしそうな私のとなりで、「あのさ、学童でアルバイトしてる理由なんだけどさ」と先輩が真剣な表情になって話し始めた。
「僕はにじそら学童の指導員になるって夢があるんだ。高校を卒業したらすぐに働きたいと思ってる」
先輩はてっきりどこかいい大学に行くものだと勝手に思っていた私は驚いた。先輩は話をつづける。
「実は僕も、このにじそら学童に小学生の頃ずっと通っていたんだ。それこそ、家にいる時間より学童で過ごした時間のほうがずっと長かったよ。人間関係が希薄になってるって言われてる時代だけど、僕にとって学童があたたかい家族のような場所だった。今の僕があるのはにじそら学童のおかげだって感謝してる。だから今度は僕が指導員になって人手不足でピンチな学童を助けたいんだ。そして、困ってる子どもたちやお父さんお母さんたちの力になりたいって思ってる、それこそ、朝陽さんのようにね」
流星先輩は本当にまっすぐで誠実な優しい人だ。女遊びがひどいとかいう悪い噂が流れてるSNSとは、ぜんぜんちがう。みんな先輩のこういうところも知らないで、SNSでは言いたい放題。
その人の本当の素顔なんてSNSじゃわかるわけないのに、憶測でものを言って集団で個人を傷つけ追い込んでいくような、そんな風潮に私は嫌気がさす。
幸い先輩は、バズっている種高の流星のSNSアカウントにこだわっていないことを私は知っている。炎上しているからと言って、ものすごく傷ついている様子もない。
それでももしかしたら、私には見せてないだけで陰で先輩は傷ついているのかも知れない、ふとそう思った。
それから少しおしゃべりをして、私と先輩は自分のバンガローに戻って就寝した。