恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜【書籍化】
「氷室くん、なんかしゃべって」
「なんで?」
「静かだと、ほら……」
「ああ、眠くなるってこと?寝てればいいだろ?」
「寝ないから。ほら、なんか話題ない?」
「えー、そうだな。じゃあ24日と25日のクリスマスナイトショーのことでもいいか?また取材に行かなきゃと思っててさ」

ああ、とめぐも思い出す。

「忘年会の幹事に気を取られてて忘れてたね。えっと、キャナルガーデンでのプロジェクションマッピングだよね?」
「そう。音楽とレーザーと花火も一体化したショーだって。2日間だけのスペシャルバージョン」
「すごいねえ。正面から撮りたいけど、引きで撮らないと全体が入らないね」
「そうなんだよ。それで俺、1日だけホテルを押さえたんだ。部屋から撮影しようと思ってさ」
「そうなの?」

いつの間に自分の知らないところで、とめぐは驚いて弦の横顔を見上げた。

「俺も部屋からのんびり観てみたいっていうのもあったから、毎日ホテルの空き状況確認してたんだ。そしたらポンってキャンセルが出て予約出来た」
「へえ、24と25のどっち?」
「24日」
「クリスマスイブかあ。よく取れたね」
「ああ。なんて言うかまあ、恋人にフラれちゃってキャンセルしたのかなーと」

なるほど、とめぐも思わず視線を落とす。

「なんかちょっと、切ないキャンセルだね」
「まあな。という訳でその切なさも俺が引き継いで、心して泊まらせていただこうかと」
「ふふっ、そうなのね。じゃあ撮影は24日だけで大丈夫そうだね」
「うん。めぐ、24日はなんか予定ある?」

緊張の面持ちで弦が思い切ったように尋ねた。

「何もないよ。夜のショーは8時からだよね?それまで事務所で残業して、ショーを観たらそのまま帰ろうかと思ってる」
「分かった、部屋から一緒に撮影しよう。ルームサービスで食事も頼むから、よかったら食べて帰って」
「いいの?」
「ああ。ショーが終わってすぐはパーク内も民族大移動みたいにごった返すから、時間つぶしてから帰った方がいい」
「確かにね」

そんなことを話しているうちに、めぐのマンションに着いた。

「やったー!今日はちゃんと起きてたよ、私」
「はいはい、おめでとう」

弦が軽く笑って運転席から降り、助手席のドアを外から開ける。

「ありがとう」

差し出された弦の手を握った途端、めぐはドキッとして思わず手を引いた。

「どうかしたか?」
「あ、ううん。なんか……静電気が」
「は?俺は何もなかったぞ?」
「うん、私だけバチッときた。電気持ちなんだ、私」
「いや、うなぎじゃないんだから」

めぐはうつむいたまま弦と向かい合う。

「氷室くん、送ってくれてありがとう」
「めぐも、幹事お疲れ様」
「うん。気をつけて帰ってね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」

背を向けると、めぐは足早にマンションのエントランスを入る。
弦がまだそこに留まって見守ってくれているのが分かったが、振り返る勇気はなかった。
エレベーターに乗り込むと、ドキドキする胸に手を当てる。

(私、氷室くんに触れたのすごく久しぶり)

あんなに大きな手だった?
あんなに温かかった?
包み込まれるような安心感を感じたのは今だけ?

(どうして私、今まで普通でいられたんだろう。今になってどうしようもなく胸が締めつけられる)

一度離れて、その存在の大きさに気づかされたから?
ずっと当たり前のように守ってくれていた手が、こんなにも頼もしかったのだと思い知らされたから?
それとも……。

(私の氷室くんへの気持ちが、変わった……とか?)

エレベーターが止まり、扉が開く。
ぼんやしとした足取りで歩き出しためぐは、自問自答しつつも答えが出せずにいた。
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