Your beautiful smile
私はもしかしたら、立派な演者になれるかもしれない。

あなたに出逢うまで、そんな風に思っていました。

――――――――――
――――――…………………


「――――娘の桜雪(さゆき)だ。
今日は身体の調子がよくてね、連れてきたんだ」

「桜雪です。
父がいつもお世話になってます…!」

「こちらこそ!
噂には聞いていたが、美しい娘さんですね、会長!」

「あぁ、ありがとう!自慢の娘だよ!」
「フフ…ありがとうございます……!」

男性はふわりと笑う桜雪を見て、照れたように「本当に美しい……//////」と呟いた。

穏やかに、清らかに微笑む桜雪。
パーティー会場内の人々が桜雪に見惚れ、うっとりしていた。

その様子を外の庭から見つめている、一人の男。

「……………
どうして、あんな悲しそうに笑うんだ……?」

ポツリと呟いた――――――


そんなある日。
桜雪は屋敷の自室の窓から、空を見上げていた。

「………」
まるで人形のように、表情がまるでない。

ノックの音がして、執事が入ってきた。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」

「えぇ、そこ置いておいて」

「かしこまりました。
…………それでお嬢様、午後から……」

「聞いたわ。
碧島(みどりしま)との縁談でしょ?
ご無礼のないように努めるわ」

「はい」

「もう下がって」

「………はい…かしこまりました」
丁寧に頭を下げ、執事が部屋を出ていく。

はぁ…と深いため息が出た。


午後。
ホテル内のレストランに出向く桜雪。

桜雪は自身に“笑顔を貼り付けて”見合い相手・碧島と会話や食事をする。

桜雪の父親と碧島の父親が盛り上がっている。

「桜雪さん、二人で話しませんか?」

「えぇ!」
ふわりと笑い、碧島に連れられレストランを出た。

「―――――桜雪さん、暑くないですか?」

「大丈夫です!
今日は比較的、涼しいですし!」

「桜雪さんは、あまりお身体が強くないと聞きました」

「えぇ…
なので、あまりお外には出ませんの」

「さようですか。
…………あ、でも!
僕的には、屋敷であなたに出迎えてもらえるだけで幸せです!
仕事で疲れてても、あなたの笑顔を見るだけで元気になりそう……!」

「フフ…ありがとうございます…!」

「…………桜雪さん」

「はい」

「僕は、今回の縁談を“前向きに捉えてます”
是非、桜雪さんにも同じように考えてほしいです―――――――――」


はぁ…
また、屋敷の自室でため息をついている、桜雪。

結婚なんかしたくない。
ずっと、ここに閉じ籠もっていたい。

桜雪は“持病がある”ということになっているが、本当は違う。
ただ…外に出たくないだけなのだ。

何に対しても、心が動かない。
まるで人形のように、ただそこに存在しているだけ。

不意に窓の外を見ると、庭を手入れしている男性を見つけた。
「…………誰?」

その男性がこちらを向いた。
桜雪を認めると、小さく頭を下げてきた。

そしてある鉢を高く上げ、アピールするように鉢に咲いた花を指差した。

「え?え?」
思わず桜雪は屋敷を出て、庭に出た。

「あ、お嬢様!」

「あなたは…?」

「あ、申し遅れました。
僕は庭師の杉武(すぎたけ)です!」

「あ、そう。
暑いのに、ご苦労様!」 
いつものように、笑顔を貼り付けふわりと笑う。

「………」

「………ん?杉武さん?」
切なそうに顔を歪ませる杉武。
桜雪は、首を傾げ顔を覗き込んだ。

「お嬢様、この花はミムラスと言います。
ミムラスの花言葉、ご存知ですか?」

「え?ごめんなさい。
ミムラスってお花自体知らなかったわ」

「この花の花言葉は“笑顔を見せて”です」

「え?」

「僕は、あなたの“本当の笑顔が見たい”」

「……っ…」
桜雪は、思わず詰まった。
こんな風に言われたことがなかったからだ。

自分は完璧に笑えていると思っていた。

「笑顔は“心の中にある、最も幸せな感情です”
実は以前から、ホテルのパーティー会場でのお嬢様を見かけてました。
あなた様はいつも、笑顔を貼り付けてるだけで“全く笑っていない”
更に、いつも泣きそうだ……」

「………そう…
でも、私は“笑えないの”
というより、感情がないの」

「違う」

「え?」

「あなたは“笑えます”
感情もありますよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「誰もが持っているモノだからです。
“感情”は、誰もが等しく持って生まれる。
そこに身分は関係ない。
……………大丈夫。
あなたは“笑えます”」

杉武が顔を覗き込み、桜雪に言い聞かせるように力強く言った。

すると………

「……っ…」
桜雪の目から、ポロリ…と涙が溢れた。

「お嬢様」
そう言って軍手を取り、ポケットからハンカチを取り出した杉武。
ハンカチで、桜雪の目元を優しく拭った。

「ありがとう…!」
そう言った桜雪。

“ごく自然に”笑った……!

「……//////お嬢様…!ほら、今…!」

「え?」

「笑った……!」

「え?え?」

「ね?簡単でしょ?
あなたは、笑えるんです…!」

そう言って、杉武も微笑んだ。

「……//////」
その笑顔を見て、桜雪の胸がドクン…と波打った。


その日から桜雪は、毎日のように杉武の所にいるようになる。
杉武といる時だけは、心から感情が動くのだ。

「綺麗ね…!」
花壇を見つめ言う、桜雪。

「ありがとうございます!」

「きっと…杉武さんの心が綺麗なんでしょうね!」

「え?//////」

「だから、お花達も綺麗に咲くの!」

「……//////」

「ん?杉武さん?」

「あ…//////
ありがとうございます//////」

「顔、赤いわ。
もしかして、熱中症!?
待ってて!何か冷たいもの……」
「あ!お嬢様!
違うんで―――――」

屋敷に駆けていこうとする桜雪の手を掴む、杉武。
桜雪がそれでバランスを崩してしまう。

「キャッ…!!
―――――――――」

そのまま、バサッと二人が倒れた。

「……っ…てぇ…
…………はっ!お、お嬢様!!?」

杉武が桜雪を組み敷いていて、慌てて離れようとする。
しかし………

桜雪はグッと杉武を抱き締めた。

「……っ…!!?//////
お嬢様、ダメですよ!!」

「好き…」

「え……!?//////」

「あなたといると、ドキドキする。
心が温かくなって、熱くなって痛い…!
ねぇ、これって“好き”ってことよね?」

「……//////」

「杉武さんは?
私のこと、どう思ってる?」

「………」
(好きだ。
誰よりも……!
………………でも…)

杉武は桜雪の腕を外し、起き上がった。

そして、桜雪を見据えた。

「あなた様は、僕の“ご主人様です”
それ以上でも、それ以下でもない」

「………っ…杉武、さ……」

「あなた様には、碧島様との結婚が控えています。
それをお忘れですか?」

「婚約、破棄するわ」

「ダメです」

「どうして?」

「あなた様一人の問題ではないからです。
碧島との関係が悪くなるばかりか、お父様達の立場まで悪くなる」

「杉武さんまで、私に“財閥の犠牲になれ”って言うの?」

「………
申し訳ありません」

深く頭を下げる、杉武。

桜雪は涙で顔を歪ませ、ゆっくり立ち上がった。

屋敷に戻り、一度歩みを止め「“それでも”私はあなたを想ってるわ」と言った。


そして………
碧島との結婚式の前日の夜。

自室の窓際で空を見上げていた、桜雪。
あれから桜雪は、杉武と距離を取っていた。

会うと、想いが溢れるからだ。

空は真っ暗。
なかなか眠れなくて、ボーッと空を見上げる桜雪の部屋にノックの音が響いた。

「え?
誰?」

「お嬢様、杉武です。
少しだけ、宜しいでしょうか?」

「え…!?」
慌てたようにドアに向かう。

しかし、ドアを開けれない。

開けて杉武の顔を見ると、きっともう……

「もう…寝るの…
お引き取りを…」

「………」

「杉武さん、ごめんなさい…
もう……」
ドアに額をコツンとくっつけ、静かに言った。

「………でしたら、これを…」

ドアの隙間から、手紙が出てきた。
「お嬢様、ご結婚おめでとうございます。
僕も、明日から違うお屋敷にお世話になります。
今まで、楽しい時間をありがとうございました…!」

そう言って、杉武が去っていく。

手紙を取り、桜雪は封を開けた。

少しクセのある、杉武の字。
【桜雪様。
ここには、僕の本当の気持ちを書き記します。
この手紙は読まれたら、捨ててください。
僕は、桜雪様のことが好きです。
本当は、パーティーであなたを初めて見かけた時に一目惚れしてたんです。
あなたがいるお屋敷で勤めることになった時は、言葉通り万歳をした程です(笑)
本当はあなたを連れ去り、何処か遠くであなたと二人っきりで暮らしたい。
しかし、今の僕にはそれだけの力がありません。
申し訳ありません。
あなたのお気持ちに応えることが出来なくて。
桜雪様。
こんな僕がこんなこと言うのはおかしいですが、どうか……笑顔を忘れないでください。
あなたの笑顔は、綺麗で、温かくて、癒されます。
僕はあなたに、笑っていてほしい。
僕にとってあなたは、運命の人。
だから、幸せになってほしい!
桜雪様、どうか……幸せになってくださいね!
杉武】

涙が、手紙に落ちる。
拭いても、拭いても溢れてくる。

桜雪は、手紙を抱き締めた。

「杉武さん……!」


次の日桜雪は、碧島との結婚式に向かった。

その日の桜雪は、今までの中で“一番美しい笑顔だった”

私にとっても、杉武さんは“運命の人”


“杉武さんのために”私は、笑って過ごす……!


そう、決めたから。








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