彼氏×彼女に恋のエッセンスを加えて方程式を解け!

第38話 森川さんと山田くんの場合

夏の夕暮れ、音楽大学の練習室から漏れるピアノの音色が廊下に響いていた。ヴァイオリンケースを抱えた森川あかりは、いつものように遅い時間まで練習をしていた部屋の前で足を止めた。

そのピアノの音は、彼女が今まで聞いたことのないほど情感豊かで美しかった。

ドアをそっと開けると、一人の男性がピアノに向かっていた。月明かりが差し込む薄暗い部屋で、彼の指先が鍵盤の上を踊っているのが見えた。

曲が終わると、彼は振り返った。

「あ、すみません。誰か聞いていたんですね」

彼の名前は山田翔(やまだしょう)。ピアノ科の3年生だった。

「いえ、とても素敵な演奏でした。私、森川あかりです。ヴァイオリン科の2年です」

あかりは少し恥ずかしそうに自己紹介した。

「翔です。よろしくお願いします。あかりさんもこんな時間まで練習を?」

「はい。コンクールが近いので」

「僕もです。一緒に頑張りましょう」

翔の優しい笑顔に、あかりの心は温かくなった。


それから二人は、夜遅くまで練習する仲間として自然に話すようになった。時には翔がピアノ伴奏をして、あかりがヴァイオリンを弾くこともあった。

「あかりさんのヴァイオリンは、まるで歌っているみたいですね」

ある日、合わせ練習の後で翔が言った。

「翔さんのピアノに合わせると、不思議と音楽が生き生きとするんです」あかりは嬉しそうに答えた。

「今度、学内のコンサートで一緒に演奏しませんか?デュオで」

翔の提案に、あかりの心は躍った。「ぜひお願いします」

二人は毎晩のように練習を重ね、音楽を通じて心を通わせていった。翔の繊細で温かい人柄と、あかりの一途で真摯な姿勢が互いを惹きつけていった。


秋のコンサートは大成功だった。しかし、その後間もなく、翔は悩みを抱えるようになった。

「実は、ドイツの音楽院から留学の誘いがきているんです」

翔は練習後、あかりに打ち明けた。

「それは素晴らしいことじゃないですか!翔さんの夢だったんですよね」

あかりは笑顔で答えたが、心の奥では寂しさが広がっていた。

「でも、ここを離れるのが辛くて。あかりさんと音楽を作るのが楽しくて」

「私のことは気にしないでください。翔さんの音楽のためです」

あかりは自分の気持ちを押し殺して言った。

それから翔は悩み続け、二人の間には微妙な距離ができてしまった。


12月の雪の日、翔はついに決断を告げた。

「ドイツに行くことにしました。来月出発です」

音楽室で、二人きりで向き合った時、あかりは涙をこらえることができなかった。

「翔さん、実は私...」

「あかりさん、僕も君のことが...でも今は音楽に集中しないと」

二人の想いは通じ合っていたが、お互いの夢のために別れることを選んだ。

最後の練習で、二人は「別れの曲」を演奏した。ヴァイオリンとピアノが織りなすメロディーには、言葉にできない想いが込められていた。


翔がドイツに旅立った後、あかりは一人で練習を続けた。翔のいない音楽室は静寂に包まれていたが、彼との思い出が詰まった場所でもあった。

一年後、あかりは国際ヴァイオリンコンクールで優勝した。翔もドイツで着実に実力を伸ばし、若手ピアニストとして注目を集めていた。

時々、二人は手紙を交わした。お互いの成長を祝福し合いながらも、心の奥にある想いは変わらなかった。


二年後の春、あかりは国際音楽祭でのリサイタル出演が決まった。会場はウィーンの由緒あるコンサートホール。

リサイタル当日、舞台袖で緊張していたあかりの前に、一人の男性が現れた。

「久しぶりですね、あかりさん」

振り返ると、そこには翔が立っていた。

「翔さん!どうして...」

「君のリサイタルを聴きたくて。ドイツから駆けつけました」

二人の再会に、時が止まったような静寂が流れた。



リサイタルは大成功だった。アンコールで、あかりは特別なゲストを紹介した。

「最後に、私の音楽人生を変えてくれた大切な人と演奏させていただきます」

翔がステージに現れ、ピアノの前に座った。二人が演奏したのは、初めて一緒に弾いた思い出の曲だった。

演奏が終わると、会場は鳴り止まない拍手に包まれた。

「あかりさん、僕と一緒に音楽を作り続けませんか?人生をかけて」

ステージの上で、翔はあかりの手を取った。

「はい。ずっと待っていました」

あかりの瞳には喜びの涙が光っていた。

客席からは祝福の拍手が続いていた。


一年後、二人は結婚し、世界各地でデュオリサイタルを開くようになった。それぞれの個性を活かしながら、一つの音楽を作り上げる姿は多くの人々に感動を与えた。

「あの時、一度は別れたからこそ、今の僕たちがあるんですね」

ある日の練習後、翔がつぶやいた。

「そうですね。お互いを想う気持ちが、私たちの音楽をより深くしてくれました」

あかりは幸せそうに微笑んだ。

夕暮れの音楽室に、二人のデュオが響いている。ヴァイオリンとピアノが織りなすハーモニーは、永遠の愛を奏でているかのようだった。

二人の恋は音楽と共に始まり、音楽と共に永遠となった。


< 38 / 38 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

運命の契約書

総文字数/122,747

恋愛(純愛)30ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。 神崎蓮は大手商社「神崎グループ」の若き専務。冷静沈着で完璧主義だが、過去の恋愛で裏切られた経験から心の壁を作っている。一方、横井美優は苦学する大学生。正義感が強く、将来は国際機関で働くことを夢見ている。 ある雨の日、美優がアルバイト先のカフェでクレーマーに困っているところを蓮が助ける。後日、美優は蓮の落とした名刺入れを返しに会社を訪れるが、そこで二人の間には大きな社会的格差があることを痛感する。 その後、大学の説明会で再会したことをきっかけに、蓮は美優にインターンシップを提案。美優は一度は断るものの、蓮の誠実さに惹かれ徐々に心を開いていく。やがて二人は惹かれ合い、恋人同士となる。 しかし、蓮の元婚約者である宮下麻里子の登場により、二人の関係に暗雲が立ち込める。麻里子は様々な策略で美優を苦しめ、ついには二人の間に決定的な誤解を生んでしまう。傷ついた美優は蓮に別れを告げ、二人は一度は道を違えてしまう。
桜散る前に

総文字数/84,349

恋愛(純愛)29ページ

ベリーズカフェラブストーリー大賞エントリー中
表紙を見る 表紙を閉じる
老舗和菓子屋「桜屋」の一人娘、高橋亜矢は、東京での大学生活を終え、故郷の金沢に戻り家業を継ぐ決意をする。伝統を重んじる父、健一郎の期待に応えようとする一方で、心の奥底では自由への憧れを抱いていた。 そんな中、金沢の街並み再開発プロジェクトの責任者として、大手不動産会社のエリート、西村翔太が東京からやってくる。現代的な価値観を持つ翔太と、伝統を守ろうとする亜矢は、再開発の説明会で出会い、互いの考えに反発しながらも、その真摯な姿勢に惹かれ合う。 ひょんなことから二人は互いの立場や想いを理解し始め、密かに会うようになる。亜矢は翔太に和菓子作りを教え、翔太は亜矢に新しい世界を見せる。しかし、亜矢の父が二人の関係に気づき、猛反対。さらに、翔太の再開発計画が亜矢の実家周辺も対象地域に含むことが判明し、事態は悪化する。 身分違いの恋、そして家族の反対。様々な障壁が二人の前に立ちはだかる。亜矢は父によって座敷牢同然に監禁され、翔太は会社から東京への転勤を命じられる。愛し合いながらも、別れざるを得ない状況に追い込まれた二人は、それぞれの道を歩むことになる。 3年の月日が流れ、亜矢は見合い話が進み、翔太は仕事に打ち込む日々を送るが、互いを忘れられない。そんな中、亜矢の母が病に倒れ、死の床で娘の本当の幸せを願う言葉を残す。母の死をきっかけに、父は自分の頑なさを反省し始める。 母の葬儀に現れた翔太は、亜矢への変わらぬ愛を告白する。二人の純粋な愛情を目の当たりにした父は、ついに心を開き、二人の結婚を許す。翔太は会社を辞め、金沢で地域密着型の建築設計事務所を立ち上げ、伝統と革新を融合させた街づくりに取り組む。亜矢も和菓子店を継承し、現代的な要素を取り入れた商品開発を始める。 翌年の桜の季節、亜矢と翔太は結婚式を挙げる。多くの人々に祝福され、二人は手を取り合い、新たな人生を歩み始める。金沢の街には、伝統と革新が調和した美しい風景が広がっていた。
アンケート

総文字数/112,590

ミステリー・サスペンス104ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
フリーターの三枝美佳は、謝礼に惹かれて軽い気持ちでオンラインアンケートに回答する。しかし最後の設問で「消えてほしい人の名前」を書いた直後、その人物が謎の死を遂げる。 やがて「次の質問」が届き、美佳は逃れられない“選択”を迫られていく。やがて判明するのは、自分だけではなく他にも同じように“選ばされた”者たちが存在するという事実。 答えれば誰かが消え、拒めば自分が狙われる── 繰り返される悪意の連鎖と操作された運命の果てに、美佳がたどり着くのは…。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop