世界はそれを愛と呼ぶ

第2節 街




「よ〜しっ!荷解きするぞ〜!」

そう言いながら、青年はダンボールの山に突っ込む。

「……元気だな」

7月終わり。東雲街のとあるマンションを丸ごと買取り、各自の部屋を得てから数日。

相馬は目の前で荷解きを元気よく始めた弟・水樹(ミズキ)を眺めながら、笑った。
水樹は何をそんなに持ってくる荷物があったんだってくらいのダンボールを片っ端から開けると、鼻歌歌いながら、ノリノリで片付けを始めていく。

─その姿は、隣室の片割れとは大違い。

「氷月(ヒヅキ)は暑すぎて、死にそうな顔をしながら、荷解きしてたぞ」

「氷月はガッツが足りないからね〜」

「……なるほど?」

隣室、水樹の双子の弟である氷月は水樹に比べると、生まれつき暑さに弱いせいもあるだろうが、真っ先にエアコンを起動させ、寝っ転がって死んでいた。

荷物はどうやって生活するんだ?ってくらいなくて、水樹とは違う意味で心配になるレベル。

「あっ、窓開けよー!換気!換気!」

黙って行動出来ないのかってくらい煩い水樹はそう言いながら、窓を網戸にする。

「うっわー!景色良〜!イチから作られた街っていうのは知っていたけど、あまりにも立派すぎて、“外”よりもこっちが好きかも〜!」

「まぁ、街の人が住みやすいように作ってあるからな…」

「3階にして良かった〜!景色綺麗〜!本当は5階とかでも良かったんだけど。階段登るの、全然苦じゃないし。でも、氷月が死んじゃうからな〜!」

「いや、既に暑さで死んでる」

別に兄弟や家で階を分けている訳では無いから、このマンション内ならば、1階から5階まで各階2部屋、計10部屋から各個人好きな部屋を選んでもらってよかったんだが、何故か、互いに同じ階、隣同士が希望らしく、皆で話し合いの結果、この双子は3階に落ち着いた。

「そもそも、エレベーターあるだろ?」

「あるけど、エレベーターってあまり好きじゃないんだよね〜こう、じっとしておかなくちゃならないじゃん?」

「……」

ちょっと、よく分からない。

「あっ、兄さん、理解できないって顔してる」

「出来てないからな」

「氷月にも同じ顔された」

「だろうな」

行方不明の長兄や引きこもりの姉は勿論、相馬や氷月もこんなに行動力高くないし、元気では無いのに……びっくりするほど、幼い頃から元気で明るい水樹。

「兄さんは何階?」

「6階」

「あれ?このマンション、5階建てじゃなかった?」

「御園が依頼したものだったらしく、陽向さんが俺専用の部屋を別に作ってくれてたんだ」

「じゃあ、隠し部屋みたいな?」

「そうだな。簡単には入れないよう、作られているみたいだ。エレベーターの仕掛けを解かない限り、入れない」

「じゃあ、遊びに行けない……!!??」

「何をそんなに驚いているんだ……?元々、本家でも俺の部屋に立ち入らなかったやつが」

「それはそう。だって、兄さんの部屋、The仕事部屋なんだもん。面白くないし」

「そりゃあ、自室だからな……?」

「自室はね、自分が癒されるもので纏めるべきだよ。ふわふわのクッションとか、かわいい動物の写真とか」

そう言う水樹の部屋は、確かにゲーム機だったり、ぬいぐるみだったり、物が溢れている。
漫画なども多く散らばっていて、少し前にも、ゲームセンターでなにか取って帰ってきてた。

「いや、必要最低限のものがあれば、それで……」

一方で、相馬の部屋は簡素だ。
最低限の服を入れるためのチェストと、身嗜み確認の鏡、小物を入れる小さな棚、ベッドがあるくらい。
部屋の半分は仕事のために大きめの机を置いているから、かなり圧迫感はあるが、特に不便は無かった。

「掃いて捨てるほど、お金持ってるのに!!!」

相馬の返しに納得がいかなかったのか、水樹はそう言って嘆く。

「いや……まぁ、確かに、個人資産はあるにはあるけど、何か欲しいとか、そういう物欲があまり無いからな」

そもそも、買い物に行く時間もない。
やらなければならないことも多すぎて、どうでもいい。
ウィンドウショッピングする時間があるなら、その時間も仕事に当ててしまった方が効率的だ。

「何言ってるの!物欲なんてものは、外歩いてれば生まれるもんだよ。どうせ、あと半年くらいは強制的に時間が余るでしょ?いっぱい、お買い物行こうね」

「……わ、わかった」

押しの強い弟の言葉に、とりあえず頷いておく。
じゃないと、面倒臭いことになることは知っている。

「よし!─ところでさ、聞きたかったんだけど」

「……ん?」

話の展開が早すぎてついていけない。
少し間を置いて、反応を返すと、水樹は笑って。

「荷解き終わったら、ううん、やっぱり今すぐ、ちょっと探検してきていい?街中!」

……窓から地上を見下ろし、キラキラとした目を向けてくる弟。じっとしていることが苦手ゆえ、基本的に家におらず、あちこちに足を運ぶ水樹は、お願いに相馬がどんな反応をするのか、期待した目で伺っている。

街を見下ろしてしまったせいで、好奇心をくすぐられてしまったのだろう。

相馬は思わず、笑ってしまう。



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