世界はそれを愛と呼ぶ
第六章 焦がれた幻影
第1節 千代桜
【黒橋沙耶は、当主妻になる資質を持ち合わせていた】
─そう、水面下で静かに囁かれるようになったのは 御園相馬が本家を留守にして、1週間経ったくらいであった。
「おはようございます」
朝早く、彼女は用意された着物に自ら着替え、御園家の人々に挨拶をする。
使用人にも驕らず、感謝を真っ直ぐに伝える彼女は、相馬の婚約者であるというだけで高い評価を、更に自らの資質で高めていく。
「─お帰りください」
御園家に擦り寄ってくる親戚も、たった一言で追い返す。
「好みじゃありません」
相馬との仲を拗らせようとする手先にも、ハッキリと。
明確な悪意に傷つくことも、嘆くこともなく。
「……そう、なら、次はこうしましょうか」
淡々と目の前に出される課題に関して考え、御園家の人に教えを乞いながらも、御園家の力が及ぶ範囲で、全てを指示までするようになっていた。
「……やっぱり、黒橋健斗さんの一人娘だから?」
そう、隣で叔母が呟く。
水樹は肩を竦めて、「どうだろう」と呟いた。
兄さんが出て行って、1週間。
この家に足を踏み入れた沙耶を囲いこんだのは、監視するような視線、気配、値踏みするようなそれらに対し、沙耶はただ微笑んで、黒橋家へ指示を出した。
その後は「向こうが何とかするわ」と呟いて、淡々とこの家の歴史を、鬼というものについてを学び、日中は広い庭で与えられていたけど、仕舞いこんで埃被っていた武器を手に、鍛錬をしている。
その姿は舞姫のようで、着物姿であることが嘘のような軽快な動きをする彼女。
「沙耶は……」
言いかけた瞬間、破られる結界。
襲い来る何かの方面を向き、気づいた叔母と身構えると、そのほうき星のような影は一直線に沙耶に襲い掛かる。
「沙耶!!!」
名前を呼んだのと、金属音が響いたのは、ほぼ同時。
衝撃で目を瞑っていた水樹は、目の前の光景に言葉を失った。
沙耶はどこから出したのか分からない拳銃で、上から襲いかかってきた長刀を滑らせ、思うままに操り、動きを止めている一方、背中側からの攻撃は鉄扇を広げ、防いでいた。
その2人を押し返し、沙耶は上に飛び、空中で後ろに反転すると、そのまま着地。
ニコッと笑って、「何しに来たの」と首を傾げた。