世界はそれを愛と呼ぶ


─朝陽が死んで1年後、アイラはいなくなった。
大樹兄が高校1年の冬、朝陽の部屋に篭もりきりだったアイラは忽然と姿を消し、音信不通になった。

年中、通夜のような空気になった家の中。
アイラがいなくなって、その空気は増した。
そして、大樹兄は家に帰ってこなくなり、それに付き合うように、もうひとりの義兄だった勇真(ユウマ)兄も帰ってこなくなり、近所のお姉ちゃん的存在だった心春(コハル)姉も家に来なくなってしまった。

─沙耶のせいでバラバラになった。
両親は仕事があり、沙耶のことをとても心配してくれたけど、兄から両親を奪っておいて、って思いから、沙耶は拒絶するようになった。

沙耶の面倒を見てくれたのは、朝陽の弟子達。
全然笑えなくなって、話せなくなっても、沙耶を守ってくれた。彼らはずっと優しいまま、朝陽のことで、決して責めなかった。

彼らは全然若くて、大樹兄と殆ど年齢も変わらないし、朝陽が親代わりだと笑っていたことを知っていた。
沙耶に泣く資格なんてあるわけない。

そう思っていたある日、ある女性が訪ねてきて言った。
沙耶が、8歳の夏だった。

『貴女のせいで、みんな、死んでいくわね』

朝陽が死んで2年後、とある女性が死んだという。
その女性は、朝陽の妹だったと。海へ車ごと……。

─違う、と、否定したかった。
だって、一人っ子だと言っていた。妹なんて居ない。
でも、朝陽は孤児院育ちだった。だから。
だから、完璧には否定しきれなくて。

その時、その女性は勇真兄の父親である、松山久貴(ヒサキ)のことについて話した。彼は沙耶の父親の健斗の親友で、幼なじみで、右腕だった存在だという。

彼は医療界を揺るがす程の稀代の天才であり、何度も何度も新薬を発明しては、新たな術式も生み出し、医療界で革命を起こしまくった。

そんな天才は、死んでしまった。最愛の妻が遺した、愛息子を置いて。─沙耶の生まれた日に、健斗の代わりに向かった仕事先で亡くなったと。

火事で遺体となって発見された天才の指には、亡き妻のも含め、ふたつの結婚指輪。

その女性は、沙耶が生まれなければ、久貴は死ななかったと言った。そして、“死神”とも。

─足元が、崩れていくような感覚だった。

自分が大好きな存在の、大切な存在を奪ってしまっていた事実に気が狂いそうになったし、そんな過去がありながら、すごく可愛がってくれた勇真兄の優しさに嗚咽した。

(どうして、私は愛されていた……?愛されていることが許されたんだろう。多くの人生を狂わせて)

お前のせいだと、その女性は嘲笑った。
頭が混乱して、吐き気がした。
嘲笑いながら、『生まれて来なければよかったのに』と言われ、沙耶も心の底から同意した。

生まれて来なければよかった。壊したくなかった。
……どうして、こんなことになってしまったの?

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