裏社会の私と表社会の貴方との境界線

選択

(あれっ?ここはどこだろう…)


気がつくと、また全く別の場所にいた。


普通だったらおかしいと思うだろうが、何故だか今の私にはそうは思えない。


これが普通のようにも思えてしまう。


今の自分の格好を見て、何をしようとしていたのかを必死に思い出す。


白色のマフラー、いつも着ている使用人用のメイド服の上に羽織もの。


手には指をすっぽり隠す、水色の可愛らしいデザインの手袋。


(そうだ!真鈴に会わないと!!)


とっさに時間を確認する。


今は午前3時4分。


仕事が始まるまであと1時間ほどあり、ほっとする。


私は周りの人を起こさぬよう、出来るだけ音を立てずに玄関のドアを開けて外へ出た。


周りの…特に、アヤネ様に会ってしまえば大変な事になる。


真鈴に会える嬉しさのあまり、全力で走っていく。


まだ太陽も上がっていないこの時間は、当たる風がとても冷たかった。


さっきから言っている「真鈴」という人物は、お互いになんでも言い合える私の大好きな親友だ。


たった1人の親友。


美しい白銀の髪を持ち、綺麗な二重と鼻筋が顔の美しさをより引き立たせる、まさに美少女だ。


そのような容姿には、実は理由がある。


それは、「伝承話」だ。


伝承話に出てくる人物は何人かいるが、その中の1人に「女神」がいる。


この世に女神は2人存在すると言われていて、それぞれ容姿や能力が違う。


1、白銀の髪を持つ女。恐ろしく美しい容姿で人々を魅了する。魔力の原料は命であり、いつの日か力尽きる


2、紫の髪を持つ女。頭脳、体力共に完璧であり彼女を止められる者はいない。莫大な魔力を持ち、想像を現実へと変える


1の白銀の髪を持つ女は真鈴のことであり、2の紫色の髪を持つ女は私のことである。


この能力のおかげで、私は今も生きていられる。


そのことにとても感謝しているのだ。


私は7歳のあの頃を思い出す。


***


まだ私は幼かったが、使用人として切磋琢磨(せっさたくま)働いていた。


そんなある日の夜、彼女達はなんの前触れまなく私の前に現れた。


「貴女は女神に選ばれし者に魔力を付与します。そして忠告を、この世界では誰もが求め、手に入れたい女神である。生き抜きたくば、女神の存在は隠す事をすすめます」


当時の私は、何が何だかわからずに困惑した。


いろいろと聞いたが質問には一切答えてはくれなかった。


「いつでも貴女様のお側に。カレン様、健闘を祈ります」


そのまま彼女達は泡のように消えていってしまった。


***


その日、自分が女神であることは隠そうと誓った。


ただ2人を除いて。


そのうちの1人が真鈴で、私が女神である事を知っている。


もしかしたら、同じ女神だから仲良くなれたのかもしれない。


そして、真鈴は今世が6回目の転生になる。


真鈴は命尽きると、また別の場所に飛ばされて次の世界生きてゆくのだ。


それが真鈴の女神としての能力の1つ。


(えっと…この辺にいるはずだけれど)


森の深く、大きな丸太のある場所で毎日3時に落ち合おうと決めたのだ。


けれど、今日は真鈴の姿が見当たらない。


無理な日は事前に伝えるはずだし、近くにいるだろうと歩き出す。


歩いていくと、もう少し奥に2人の男と1人の女がいることに気がついた。


私はその3人が何をしているのか気になって近づく。


その光景は、私にはとても信じがたいものだった。


真鈴が椅子にくくりつけられ、手足もひものような物で縛られている。


真鈴は抵抗する体力もないのか、ぐったりしていて顔色が悪い。


男2人は初めて見る顔で、何かを話していた。


「なあ、こいつぐったりしてね?」


「…魔力を取りすぎたとか?」


(魔力…?もしかして、あの装置?!)


魔力を吸収することができると言われている装置が、真鈴の隣に置いてあることに気がついた。


実は、真鈴は魔力を持っていない。


けれど魔力があると言われているのは、自らの命を消費しているからだ。


例えば…寿命とか。


私は真鈴のところに走ろうとした。


もしあの装置が真鈴の魔力をとっていると言うならば、真鈴の寿命が今も削られているということだ。


初めての親友を、私が見殺しなんてできるわけがなかった。


その時、真鈴が私に気がつき必死に何かを伝えてきた。


私はとっさに能力を使い、真鈴の心を読んだ。


全神経を真鈴の声に集中させる。


『こっちにきちゃダメよカレン!貴女まで危険にしたくないの…。お願いよ、今すぐにアイリス邸へ走って!!』


真鈴は私よりも「女神」に詳しい。


だから、真鈴の言うことは間違っていないのだと思う。


きっと今行けば私も危険になるだろう。


でも、私に真鈴を…大切な親友を見殺しにしろとでも言うのだろうか?


けれど、今ここで私が助けに行っても真鈴は喜ぶのだろうか?


私が傷ついたら悲しませてしまうのではないかと思った。


それに、まだ寿命も残っているかもしれない。


つまりはまだ助かるかもしれないということだ。


だったら今はひとまずここから離れたほうがいいのではないか。


真鈴の言うことに従うことにした私は、真鈴に背中を向けて全力で走り出した。 


***


戻っている間も、いろいろな事を考えた。


本当にこれでいいのだろうか、私は真鈴を助けられるのだろうか…。


いろいろな不安がじわじわと込み上げてくる。


怖くなった私は、真鈴が大丈夫だと言ってくれるのを見たくて振り返る。


能力を使い、ズームして真鈴の様子を見た。


私はこの事を、一生後悔することになる。


真鈴は声も出せない状況で、口パクで私に必死に何かを伝えてきた。


不思議と、その言葉だけは心を読まなくても分かった。


真鈴の最後の言葉。


『ありがとう。ごめんね、さようなら』


その途端、真鈴は消えてしまった。


寿命を全て使い切ってしまったのだろう。


つまり、もうこの世界には戻ってこない。


もう永遠に会うことができない。


見なければよかったのかもしれない。


知らなければよかったかもしれない。


耐えられない辛さ、悲しみが私を襲う。


「やめてよ…嘘だって言って…。いやあぁぁぁぁぁ!!!」


***


「いやあぁぁぁぁぁ!!!…はぁ…はぁ…」


私はどうやら昔の夢を見ていたみたいだ。


忘れたい昔の事を思い出してしまった。


震える手で、掛け布団をぎゅっと握る。


「華恋!大丈夫か?!」


「え…だ、れ…?」


まさか自分の部屋に誰かがいるなんて思わなかった。


驚きで一瞬、夢のことなんて吹き飛ぶ。


「僕だよ、ツキ」


言われるまで誰かも認識することができなかった。


ツキは私のベッドの隣に椅子を置いて座っていて、とても不安そうな顔で私を見た。


「すごく辛そうだったから…あと、勝手に部屋入ってごめん」


「…いいのよ。もう大丈夫だから…」


心配をしてくれるのは嬉しいが、今は1人になりたい。


こんな弱い私を見られたくない。


こんなんじゃ、お父様にマフィア失格と言われても仕方がない。


「大丈夫そうには見えないよ。まだここにいさせて?」


ツキはなんで気づいてしまうのだろう。


明るくいつものように振る舞った…つもり。


ツキの優しさに触れて、ぽろぽろと私の目から涙が溢れる。


「ごめ…私、私…泣くつもりじゃ」


「うん、大丈夫だから。僕がいるよ」


私を優しく包み込むかのように抱きしめてくれた。


その温もりにとても安心する。


(あぁ…私、幻でも見てるのかな?だって、普段のツキがこんなことするわけないじゃん)


幻ならもうどうでもいいやと思い、私もツキに抱きつく。


ツキの体が私の行動に反応して、ビクッと跳ねる。


「…華恋が寝るまでいるから、安心して寝てね」


今の私には、その言葉だけで心が満たされた。


自分はこんな風に大切に思われていい人間じゃないはずなのに。


でも、欲張ってしまう。


幻ならいいよね?


「…ねえ、ツキ」


「ん?何?」


「一緒に寝てほしいの。また昔の夢を見るかもって怖いから」


私とツキの目が合う。


そして、ツキは右腕で真っ赤な顔を隠した。


「ごめん…いやだったよね?なら…」


「い、いいよ」


流石に通るお願いじゃないだろうと思っていたのに。


ツキは優しく笑ってくれた。


「あ、ありがとう…」


今、きっと私の顔は真っ赤だ。


こんなツキ見たことない、ドキドキする。


「ほら、寝るよ」


座っていたツキは、私の隣に横になった。


それを見て、私も一緒に横になる。


横になって掛け布団をかけると、一気に私を睡魔が襲った。


「ツキ…ありがと」


そう言って私はまた夢の中へと入っていった。


「華恋、早く僕を選んで、早く僕のものになってね。おやすみ、大好きだよ」


ツキがこんな事を言っていたのは知らずに。
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