イケメン総長を特訓中! 〜どうしてそんなことしてくるんですか?〜
総長のために、あたしは
ブチッ
あたしが全力を込めて両腕を開くと、両手首を繋ぎ止めていた結束バンドが音を立てて外れる。
星川先輩みたいにがむしゃらにやってちゃダメだけど、ちゃんと一点に集中させて力を入れれば、この手のやつは外せる。組の人が昔教えてくれた知恵だ。
「ん? 何だ今の音」
あたしの背中側から聞こえた音に気付いたのか、不良の1人がこちらへ歩いてくる。
あたしは大急ぎで、両腕とパイプ椅子をつなぐガムテープを後ろ手で強引にはがす。
手が自由になったところで、不良が目の前に来た。
「うちのシマで変なことするなって言っただろうが!」
あたしは叫んで、思いっきり両足を振り上げる。
股間にあたしの蹴りが入って、不良は下半身を抑えてしりもちをつく。
今のうちだ。
両足首につながっていた結束バンドを自由になった両手で外す。
「お前、どうやって拘束を!」
その間に、さっきまで翔先輩を殴る蹴るしていた他の不良たちが気付いてこっちに向かってきた。
「はあ? それよりもあたしは怒ってるの」
「何?」
「てめえらは翔先輩の覚悟が見えてないんだよ!」
両足で立ち上がったあたしは、まず突っ込んできた1人目の脇腹に右ストレート。
うずくまった1人目の陰から飛び出してきた、2人目の大振りな左腕を頭をかがめてよける。
そしてそのまま2人目のお腹にひざ蹴りを入れると、こちらも倒れ込んで苦痛の顔。
すると、残った不良3人はさすがにためらったのか、あたしへ向かっていた足が少し止まる。
その隙に、あたしは星川先輩を縛っていた結束バンドを外し、ガムテープをはがした。
「ありがとな、朝井」
「その、あたしは」
今さらどうこう言ってもダメだ。
本当は翔先輩は弱いし、あたしはこの不良たちを倒せる程度には強い。
あたしたちは星川先輩をだましていたのだ。
何かひどいことを言われても、仕方ない。
「わかってるよ。あいつらを倒したら、話を聞いてやる」
って、あれ。
星川先輩は、思ったより平然とした顔で立ち上がった。
「あの……ごめんなさい」
言葉が出てこないあたしは、とりあえず謝る。
「そうだな。でも、そんな気もちょっとはしてたんだ」
え?
それは、どういう。
「さすがにそこまで朝井が変わるとは思ってなかったが」
そう言って、星川先輩はにっこりとした。
星川先輩の笑顔を、初めて見た気がした。
「くそっ、お前らこいつがどうなってもいいのか!」
その時響き渡る不良の声。
しまった、星川先輩に何と言うかで頭がいっぱいだった。
あたしと星川先輩が目を向けると、不良の1人が後ろから翔先輩を絞め上げている。
「そうだ、状況がわかったなら、そこから動くんじゃねえ」
足の止まったあたしたちに、残り2人の不良が両側からジリジリと近づいてくる。
「おい、朝井は翔のところ行け。こっちは気にすんな」
そこで、星川先輩がささやいた。
「え?」
「翔を守るんだろ」
星川先輩とあたしの目が合う。
真面目な、星川先輩の顔。
――そうだ。
あたしは翔先輩のボディーガードだ。
今まで、翔先輩はあたしを守ってくれた。
なら今度はあたしが守らないと。
そうしないと、あたしはかっこよくいられない。
翔先輩の想像するあたしではいられない。
「……でも、どうするんです」
「こうすんだよ!」
星川先輩は叫んで、さっきまで自分が座っていたパイプ椅子を投げた。
パイプ椅子は翔先輩を絞める不良に向かって飛んでいく。
当たるほどの距離ではないけど、不良たちを驚かせるには十分だったようだ。
星川先輩のもとに不良2人が駆け出すのを横目に、あたしはパイプ椅子に気を取られた翔先輩の方へ。
「あっ、この野郎!」
翔先輩から手を離した不良が、そのまま右手でげんこつを作って向かってくる。
でもあたしの方が一瞬速い。不良のあご付近に右腕を伸ばし一撃お見舞いする。
「なんなんだお前!」
体勢を立て直そうとする不良の左足を踏みつけ、動きが止まったところで右脇腹にもう一発。
「あたしはね、翔先輩のボディーガードで、特訓相手だ!」
崩れ落ちた不良にあたしは言い放つ。
そしてその隣では、ゴホゴホ言いながら翔先輩が座り込んでいた。
「翔先輩!」
「ああ、ありがとう鈴菜」
しゃがんで近くで見ると、ますます翔先輩はボロボロだ。
あたしが最初に助けた時みたいに、制服も髪もぐちゃぐちゃ。
「ありがとうじゃなくて! どうして来たんですか!」
「そんなの、居ても立っても居られなくなったからに決まってるじゃないか」
翔先輩は、ポケットを探って何か取り出す。
「すばるとの通話で、すばると鈴菜が一緒にいて、何かよくないことがあったとわかったんだ」
通話……そうか。
あたしたちが襲われる直前に星川先輩が電話してた相手。あれが翔先輩だったのか。
「で、奥で音楽が聞こえてたカラオケボックスの近くまで行ったら、路地にこれが落ちてた」
翔先輩の右手の上には、あたしのスマホがあった。
不良たちに襲われたとき、ポケットから落ちたんだ。
「これはまずいことになったって思ってたら、すぐ近くの古そうな倉庫の扉が少し開いてて」
そのすき間から、座らされているあたしが見えて思わず飛び出してしまった、という。
はあ。思わず、大きなため息が出る。
「――わかってますよね。翔先輩の力はまだまだです。不良たちがあんなものだったから良かったですが、もしもっと危険な人たちがいたらどうしたんですか。それこそ大人の誘拐犯とか」
「うーん……だけど、それでもきっとオレは飛び出してる」
「どうして」
「だって、オレは鈴菜を守らなきゃだし」
あたしの言葉をさえぎって、翔先輩は左手をあたしの背中に回す。
翔先輩の顔が、ぐっとあたしの横に来て。
あたしの左のほほに触れる、あたたかい、初めての感触。
――って、えっ?
ええっ!?
あたし、今……キス、された、の?
「なあ、オレ、かっこよかった、かな?」
あたしの動揺をよそに、翔先輩は笑った。
ボロボロ状態とは思えないほどの、最高の笑顔で。
……うん。あたしを全力で守ってくれた人にこんなこと言われたら、されたら、言いたかったことも吹き飛んでしまうというものだ。
「――はい。とっても、『総長』してましたよ」
あたしの好きになった人は、最高にかっこいい。
そして、その人がかっこよくあるためには、あたしもかっこよくないとダメなんだ。