身代わり婚~光を失った騎士団長は、令嬢へ愛を捧げる
寂しさ(レオン視点)
騎士団本部は活気に満ちている。
古くなった防具や武具を補修しつつ、誤魔化し誤魔化し使っていた馬具は一新され、兵士の鎧や武器も良質なものに変わった。
これらは全て、マリアやエイリークのお陰だ。
これまでは軍馬の糧秣に費用を回してくれと痩せ我慢をしていた兵士たちも昼食をたっぷり取れるようになったお陰か、気力体力共に充実している。
糧秣の質も上がり、馬の毛艶も良くなったと評判だ。
エイリークやマリやたちの商会の協力がなかったら、いつまでも劣悪な装備や食糧で、騎士団という形を維持するので手一杯になっていただろう。
「――まさしくエイリーク商会様様ですね」
副団長のゾーイが品の良い笑みを浮かべながら言った。
「まったくだ。我々はマリアたちには足を向けて眠れないな」
「ですね。それに、団長も変わられたともっぱらの評判ですから」
「? 俺は変わらないだろう」
「知らぬは本人ばかり、ということですかね」
「俺の何が変わった?」
「雰囲気がこれまではいつもぴりぴりしていたのが、それがなくなった、と。私もそう思います」
「……自覚はなかったが、騎士団の問題が片付いたお陰だろうな」
寝ても覚めても頭のどこかに、必ず騎士団の装備や食糧問題をどう片付けるべきかはついて回っていた。
部下に当たり散らさぬよう気を付けていたが、やはり漏れ出るものはあったということなのだろう。
「まあ、それだけではないでしょうが」
「どういう意味だ?」
「マリアさんのお陰では?」
「だから彼女のお陰でもある。騎士団の問題を──」
「そうではなく、マリアさんがそばにいらっしゃることで、団長ご自身も癒やされているのではありませんか?」
「どうして俺が」
「それは団長ご自身のお気持ちですから、詳しくは分かりません。でもマリアさんのことを話す時の団長の雰囲気はとても柔らかいですよ」
「気のせいだろう。どうして俺がマリアのことを話す時に雰囲気が柔らかくなる必要があるんだ。もちろん騎士団のことも、マリアンヌのこともどれほど感謝してもしきれない相手ではあるが」
「さあ、どうしてでしょうか。私は団長ではないので、分かりません」
「随分含みのある言い方だな」
「そう感じたので率直に申し上げただけですから。それはそれとして、次の会議の議題についてですが……」
ゾーイはさらりと話題を変えた。
釈然としない気持ちになりながらも、レオンは耳を傾けた。
※
仕事が終わると、レオンは馬車で屋敷に帰る。
昼間、ゾーイが変なことを言ったせいで、妙に意識してしまう。
(そもそも俺には妻がいるんだ。マリアは確かに魅力的かもしれないが、俺に光を与えてくれた、あの女性の特別さは変わらない)
帰宅すると、メイドたちが出迎える。普段はそこにマリアもいるのだが、彼女の姿はなかった。マリアンヌが困らせているのだろうか。
「マリアは?」
「マリアンヌ様が早めに眠られたということで、今日は早めに帰られました」
「どうして」
普段はそういう時でも、いてくれるはずなのに。
「明日、大切な商談が入ったとのことでその準備だそうです。ですので、明日は来られないと」
「そうか……。マリアンヌが寂しがるな」
「そうですね」
「分かった。みんな、明日は大変だろうが、頼むぞ」
「かしこまりました」
レオンはいつもより疲れているような気がしつつ、マリアンヌの様子を見ようと子ども部屋へ。
起こさないよう静かに扉を開けて中に入った。
マリアンヌは穏やかな寝息をたてている。
少し乱れた布団を肩まで引っ張り上げた。
その小さな手に指先をもっていくと、赤ん坊の頃のようにぎゅっと握ってくれる。
「マリアンヌ」
フッ、と頬が緩んだ。
その力は赤ん坊の頃よりもずっと強かった。
日に日にマリアンヌが成長しているのを実感する。
「まぃあ……」
マリアンヌが寝言を呟く。
こんなにもマリアンヌが、誰かに懐くなんて。
「おやすみ、マリアンヌ」
額に優しく口づけを落としたレオンは部屋を出ると、執務室に戻る。
部屋に一歩足を踏み入れると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
室内を見回すと、机に鮮やかなピンク色の花の入った花瓶が置かれている。
(マリアか)
自然と口元が緩んだ。それを自覚して、表情を引き締める。
(違う。これは花が綺麗だからで……)
誰に向かって言っているのか分からない言い訳を、心の中でしてしまう。
(くそ。ゾーイが昼間、余計なことを言ったせいだ)
明日はゾーイに走らせ、気合いをいれさせるべきだな、と決める。
本当に寂しいと思っているのは自分であると気付く。
花瓶の下にはメモ書きが挟まっていた。
メモに目を通すと、繊細な筆致の置き手紙のようだ。
使用人の方からすでにお聞きおよびとは思いますが、明日から何日かは商談のためにそちらへは行けません。申し訳ありません。マリアンヌちゃんにも謝っていておいてください。 マリア
あくまでマリアは商会の人間。それを無理を言って来てもらっているのはこちらなのなのだから、申し訳なく思う必要などどこにもないのに。
(律儀だな)
レオンは椅子に深く腰かけ、背もたれに体を預けた。
(数日は、会えなくなるのか……)
古くなった防具や武具を補修しつつ、誤魔化し誤魔化し使っていた馬具は一新され、兵士の鎧や武器も良質なものに変わった。
これらは全て、マリアやエイリークのお陰だ。
これまでは軍馬の糧秣に費用を回してくれと痩せ我慢をしていた兵士たちも昼食をたっぷり取れるようになったお陰か、気力体力共に充実している。
糧秣の質も上がり、馬の毛艶も良くなったと評判だ。
エイリークやマリやたちの商会の協力がなかったら、いつまでも劣悪な装備や食糧で、騎士団という形を維持するので手一杯になっていただろう。
「――まさしくエイリーク商会様様ですね」
副団長のゾーイが品の良い笑みを浮かべながら言った。
「まったくだ。我々はマリアたちには足を向けて眠れないな」
「ですね。それに、団長も変わられたともっぱらの評判ですから」
「? 俺は変わらないだろう」
「知らぬは本人ばかり、ということですかね」
「俺の何が変わった?」
「雰囲気がこれまではいつもぴりぴりしていたのが、それがなくなった、と。私もそう思います」
「……自覚はなかったが、騎士団の問題が片付いたお陰だろうな」
寝ても覚めても頭のどこかに、必ず騎士団の装備や食糧問題をどう片付けるべきかはついて回っていた。
部下に当たり散らさぬよう気を付けていたが、やはり漏れ出るものはあったということなのだろう。
「まあ、それだけではないでしょうが」
「どういう意味だ?」
「マリアさんのお陰では?」
「だから彼女のお陰でもある。騎士団の問題を──」
「そうではなく、マリアさんがそばにいらっしゃることで、団長ご自身も癒やされているのではありませんか?」
「どうして俺が」
「それは団長ご自身のお気持ちですから、詳しくは分かりません。でもマリアさんのことを話す時の団長の雰囲気はとても柔らかいですよ」
「気のせいだろう。どうして俺がマリアのことを話す時に雰囲気が柔らかくなる必要があるんだ。もちろん騎士団のことも、マリアンヌのこともどれほど感謝してもしきれない相手ではあるが」
「さあ、どうしてでしょうか。私は団長ではないので、分かりません」
「随分含みのある言い方だな」
「そう感じたので率直に申し上げただけですから。それはそれとして、次の会議の議題についてですが……」
ゾーイはさらりと話題を変えた。
釈然としない気持ちになりながらも、レオンは耳を傾けた。
※
仕事が終わると、レオンは馬車で屋敷に帰る。
昼間、ゾーイが変なことを言ったせいで、妙に意識してしまう。
(そもそも俺には妻がいるんだ。マリアは確かに魅力的かもしれないが、俺に光を与えてくれた、あの女性の特別さは変わらない)
帰宅すると、メイドたちが出迎える。普段はそこにマリアもいるのだが、彼女の姿はなかった。マリアンヌが困らせているのだろうか。
「マリアは?」
「マリアンヌ様が早めに眠られたということで、今日は早めに帰られました」
「どうして」
普段はそういう時でも、いてくれるはずなのに。
「明日、大切な商談が入ったとのことでその準備だそうです。ですので、明日は来られないと」
「そうか……。マリアンヌが寂しがるな」
「そうですね」
「分かった。みんな、明日は大変だろうが、頼むぞ」
「かしこまりました」
レオンはいつもより疲れているような気がしつつ、マリアンヌの様子を見ようと子ども部屋へ。
起こさないよう静かに扉を開けて中に入った。
マリアンヌは穏やかな寝息をたてている。
少し乱れた布団を肩まで引っ張り上げた。
その小さな手に指先をもっていくと、赤ん坊の頃のようにぎゅっと握ってくれる。
「マリアンヌ」
フッ、と頬が緩んだ。
その力は赤ん坊の頃よりもずっと強かった。
日に日にマリアンヌが成長しているのを実感する。
「まぃあ……」
マリアンヌが寝言を呟く。
こんなにもマリアンヌが、誰かに懐くなんて。
「おやすみ、マリアンヌ」
額に優しく口づけを落としたレオンは部屋を出ると、執務室に戻る。
部屋に一歩足を踏み入れると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
室内を見回すと、机に鮮やかなピンク色の花の入った花瓶が置かれている。
(マリアか)
自然と口元が緩んだ。それを自覚して、表情を引き締める。
(違う。これは花が綺麗だからで……)
誰に向かって言っているのか分からない言い訳を、心の中でしてしまう。
(くそ。ゾーイが昼間、余計なことを言ったせいだ)
明日はゾーイに走らせ、気合いをいれさせるべきだな、と決める。
本当に寂しいと思っているのは自分であると気付く。
花瓶の下にはメモ書きが挟まっていた。
メモに目を通すと、繊細な筆致の置き手紙のようだ。
使用人の方からすでにお聞きおよびとは思いますが、明日から何日かは商談のためにそちらへは行けません。申し訳ありません。マリアンヌちゃんにも謝っていておいてください。 マリア
あくまでマリアは商会の人間。それを無理を言って来てもらっているのはこちらなのなのだから、申し訳なく思う必要などどこにもないのに。
(律儀だな)
レオンは椅子に深く腰かけ、背もたれに体を預けた。
(数日は、会えなくなるのか……)