ふたりの透明な記憶の雨
また、不思議な夢を見た。
前にも夢に出てきた、あの女の人が、隣にいる男の人と楽しそうに微笑んでいる。
二人は誰かに雰囲気が似ていて。もしかして、私と藤間くんを重ねてしまっているのかな、なんて思う。
『ねぇ、きっといま、辛い思いをしているよね。でも大丈夫だよ、幸せになれるから』
あ、あのときと一緒だ。
“幸せになれるから”と言う台詞を言って、女の人は霧の中に消えてしまう。
『待って、あなたは誰――?』
ハッ、と目が覚めると、視界は天井を映していた。
ここはどこだろう。……病院?
理解ができず辺りをキョロキョロ見渡すと、俯きながら泣いている男の子がいた。
「あや……せ?」
――藤間くんだ。
藤間くんはいつもより弱々しい声で“綾瀬”と呼んでくれた。
きっと、私が目を覚ますまでの間ずっと心配してくれて、泣いていたのだろう。
……でもどうして、私は寝ていたんだっけ。
「美雨!」
「美雨ちゃん、大丈夫!?」
雪花ちゃんと風穂ちゃんが病室に駆け込んできた。
髪も制服も着崩れていて、きっと焦って走ってきたというのが目に見えて分かる。
「私、どうしてここにいるんだっけ……?」
「俺と出かけて帰る途中に、頭を抑えながら倒れたんだよ。呼びかけても反応しないし、救急車で運ばれたよ」
救急車で運ばれるなんて、ドラマや漫画の世界みたい。
実際に自分がこんな風になるなんて思いもしなかった。
みんなに、藤間くんに迷惑をかけてしまったなぁと反省する。
「なぁ、綾瀬。返事貰ってないんだけど」
「返事……?」
「付き合ってくれるの?」
雪花ちゃんと風穂ちゃんは、顔を赤くしながら私たちを見ている。
――そうだ。私、藤間くんに告白されたんだ。
藤間くんは私なんかのこと好きじゃないと思っていた。もう振られるのは確定だと。でも違ったんだ……。
もちろん、私の返事はもう決まっている。
「はい、お願いします」
「美雨……っ!」
「美雨ちゃーん、おめでとうっ」
雪花ちゃんと風穂ちゃんが、涙ぐみながら私に抱きついてきた。
今まで生きてきたなかで一番の恥ずかしさだから、たぶんものすごく顔が赤くなっていると思う。
でも私はそんなのどうでもいいと思えるくらい、心が花畑のように明るくて嬉しい気持ちになった。
――藤間くんと、付き合えたんだ。
「じゃあ、私たちは帰るね」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「嫌だなー、美雨。できたてほやほやのカップルさんは、二人きりでお話しなよ」
ニヤニヤしながら二人は病室を出ていってしまった。
藤間くんと二人きりになってしまって、尚更緊張する。改めて藤間くんを見て思う。……この人が、好きな人が本当に彼氏なんだって。
付き合ってすぐって、こんな気持ちなのかな。何だか恋人になれたことが信じられなくて、でもこれからの毎日が楽しみで。
「綾瀬」
「へっ? なに?」
「もう夏休みが始まったな」
私は大事をとって、三日間の入院なんだそう。
もう七月の終盤で、昨日から夏休みが始まってしまった。
考えにはなかったけれど、藤間くんにも会えなくなっちゃうのかな……。
そんな不安が伝わったのか、藤間くんはふっ、と微笑んだ。
「大丈夫だよ。毎日連絡取り合えばいいし、デートとかすればいいじゃん」
「えっ……!? あ、そ、そっか」
「うん、綾瀬も遠慮しないで。恋人なんだから、平等だよ。どこ行きたい?」
どこ行きたい、かぁ。
藤間くんにそう聞かれると、返答に困ってしまう。
もちろん、行きたい場所はたくさんある。色々な映画を観たいし、遠出してカフェにも行きたいし。
でも藤間くんと一緒ならきっとどこだって楽しい。だから行きたい場所なんて数えきれない。
「私はどこでも行きたい」
「どこでもって、全国ってこと?」
「あははっ、日本一周の旅になっちゃうね」
「いや、世界一周だろ」
そんな現実ではありえない話をするだけで、すごく楽しい。
――ううん、藤間くんが言うと、何だか本当に叶う気がするな。
それはきっと、私が藤間くんのことを一番に信じているから。だから全部叶う気がするんだと思う。
「綾瀬、不安だったりする?」
「なにが?」
「俺と付き合うの。ほら、周りの目とかあるでしょ。真田とか、さ」
そうだ、真田さんのことをすっかり忘れていた。
雪花ちゃんや風穂ちゃんも言っていたけれど、真田さんは藤間くんのことが好きなんだと思う。
だから私と藤間くんが付き合っていることを知ったら、どうするのだろう。
クラスメイトはいいものの、真田さんのことを考えていなかった。――どうしよう。
そう思っていると、藤間くんが頭を軽く優しく撫でてくれた。
「大丈夫、俺がいるから。真田もまぁ、悪い奴じゃないんだろうし。俺から言っとくよ、綾瀬のことは」
「うん……! ありがとう、藤間くん。頼りになるなぁ」
「……ちょ、別にいいって」
藤間くんは急に、手で顔を隠してしまった。何だか耳が赤い気がする。
――もしかして、藤間くん、照れてるのかな。
私はクスッ、と笑ってしまった。
「なに、おかしい?」
「ううん、全然おかしくないよ。可愛いなぁって」
藤間くんの恥ずかしがり屋なところ、本当に可愛いなと思う。
不安なこともたくさんあるけれど、少しずつ恋人として慣れていけたらいいな。藤間くんの隣で。
前にも夢に出てきた、あの女の人が、隣にいる男の人と楽しそうに微笑んでいる。
二人は誰かに雰囲気が似ていて。もしかして、私と藤間くんを重ねてしまっているのかな、なんて思う。
『ねぇ、きっといま、辛い思いをしているよね。でも大丈夫だよ、幸せになれるから』
あ、あのときと一緒だ。
“幸せになれるから”と言う台詞を言って、女の人は霧の中に消えてしまう。
『待って、あなたは誰――?』
ハッ、と目が覚めると、視界は天井を映していた。
ここはどこだろう。……病院?
理解ができず辺りをキョロキョロ見渡すと、俯きながら泣いている男の子がいた。
「あや……せ?」
――藤間くんだ。
藤間くんはいつもより弱々しい声で“綾瀬”と呼んでくれた。
きっと、私が目を覚ますまでの間ずっと心配してくれて、泣いていたのだろう。
……でもどうして、私は寝ていたんだっけ。
「美雨!」
「美雨ちゃん、大丈夫!?」
雪花ちゃんと風穂ちゃんが病室に駆け込んできた。
髪も制服も着崩れていて、きっと焦って走ってきたというのが目に見えて分かる。
「私、どうしてここにいるんだっけ……?」
「俺と出かけて帰る途中に、頭を抑えながら倒れたんだよ。呼びかけても反応しないし、救急車で運ばれたよ」
救急車で運ばれるなんて、ドラマや漫画の世界みたい。
実際に自分がこんな風になるなんて思いもしなかった。
みんなに、藤間くんに迷惑をかけてしまったなぁと反省する。
「なぁ、綾瀬。返事貰ってないんだけど」
「返事……?」
「付き合ってくれるの?」
雪花ちゃんと風穂ちゃんは、顔を赤くしながら私たちを見ている。
――そうだ。私、藤間くんに告白されたんだ。
藤間くんは私なんかのこと好きじゃないと思っていた。もう振られるのは確定だと。でも違ったんだ……。
もちろん、私の返事はもう決まっている。
「はい、お願いします」
「美雨……っ!」
「美雨ちゃーん、おめでとうっ」
雪花ちゃんと風穂ちゃんが、涙ぐみながら私に抱きついてきた。
今まで生きてきたなかで一番の恥ずかしさだから、たぶんものすごく顔が赤くなっていると思う。
でも私はそんなのどうでもいいと思えるくらい、心が花畑のように明るくて嬉しい気持ちになった。
――藤間くんと、付き合えたんだ。
「じゃあ、私たちは帰るね」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「嫌だなー、美雨。できたてほやほやのカップルさんは、二人きりでお話しなよ」
ニヤニヤしながら二人は病室を出ていってしまった。
藤間くんと二人きりになってしまって、尚更緊張する。改めて藤間くんを見て思う。……この人が、好きな人が本当に彼氏なんだって。
付き合ってすぐって、こんな気持ちなのかな。何だか恋人になれたことが信じられなくて、でもこれからの毎日が楽しみで。
「綾瀬」
「へっ? なに?」
「もう夏休みが始まったな」
私は大事をとって、三日間の入院なんだそう。
もう七月の終盤で、昨日から夏休みが始まってしまった。
考えにはなかったけれど、藤間くんにも会えなくなっちゃうのかな……。
そんな不安が伝わったのか、藤間くんはふっ、と微笑んだ。
「大丈夫だよ。毎日連絡取り合えばいいし、デートとかすればいいじゃん」
「えっ……!? あ、そ、そっか」
「うん、綾瀬も遠慮しないで。恋人なんだから、平等だよ。どこ行きたい?」
どこ行きたい、かぁ。
藤間くんにそう聞かれると、返答に困ってしまう。
もちろん、行きたい場所はたくさんある。色々な映画を観たいし、遠出してカフェにも行きたいし。
でも藤間くんと一緒ならきっとどこだって楽しい。だから行きたい場所なんて数えきれない。
「私はどこでも行きたい」
「どこでもって、全国ってこと?」
「あははっ、日本一周の旅になっちゃうね」
「いや、世界一周だろ」
そんな現実ではありえない話をするだけで、すごく楽しい。
――ううん、藤間くんが言うと、何だか本当に叶う気がするな。
それはきっと、私が藤間くんのことを一番に信じているから。だから全部叶う気がするんだと思う。
「綾瀬、不安だったりする?」
「なにが?」
「俺と付き合うの。ほら、周りの目とかあるでしょ。真田とか、さ」
そうだ、真田さんのことをすっかり忘れていた。
雪花ちゃんや風穂ちゃんも言っていたけれど、真田さんは藤間くんのことが好きなんだと思う。
だから私と藤間くんが付き合っていることを知ったら、どうするのだろう。
クラスメイトはいいものの、真田さんのことを考えていなかった。――どうしよう。
そう思っていると、藤間くんが頭を軽く優しく撫でてくれた。
「大丈夫、俺がいるから。真田もまぁ、悪い奴じゃないんだろうし。俺から言っとくよ、綾瀬のことは」
「うん……! ありがとう、藤間くん。頼りになるなぁ」
「……ちょ、別にいいって」
藤間くんは急に、手で顔を隠してしまった。何だか耳が赤い気がする。
――もしかして、藤間くん、照れてるのかな。
私はクスッ、と笑ってしまった。
「なに、おかしい?」
「ううん、全然おかしくないよ。可愛いなぁって」
藤間くんの恥ずかしがり屋なところ、本当に可愛いなと思う。
不安なこともたくさんあるけれど、少しずつ恋人として慣れていけたらいいな。藤間くんの隣で。