にたものどうし

そのリズムは軽快に

鏡に映る千歌の顔は、やはり寝不足の色が濃い。念入りに化粧をしても上手くは隠せなかった。
優れない体調の中、午前中の授業はぼんやりと過ぎていく。お昼の時間も優に顔色が悪いと心配されてしまった。
ただ、昨日までは気にも留めなかった2組の教室の前を通るたび、少し胸は高鳴ってしまう。

放課後、帰るかと下駄箱に向かう途中、ふと足を止める。遠くにある軽音部の部室からは、昨日聴いたのと同じような音が微かに聞こえる気がした。ふと振り向いたその時、目の前には歩いてくる椋恭介の姿が──。


「あ」


目が合う。2人とも言葉に詰まり、気まずい空気が流れる。


「あの、昨日は...」
「昨日は...」


同時に言いかけて、また言葉が途切れる。恭介が先に小さく笑って、口を開いた。


「昨日は、ごめん。変な言い方したよね」
「私こそ、突然現れて...。優はちょっと強引だったし」


千歌は申し訳なさそうに微笑む。すると、スマートフォンが震えた。多分、優からのメッセージだ。

「あの、」と千歌は画面を見ながら言葉を探す。


「もし良かったら、友達に...なれたらいいなって」
「うん、僕もそう思ってたところ」


恭介の答えに千歌は安堵感ですっと肩の力が抜けた感覚がした。張っていた緊張から解放されたからか、その瞬間少しよろめいた。


「大丈夫?なんか顔色悪いけど。部活は?」


心配そうに覗き込まれ、慌てて姿勢を正す。


「今、帰るところなんだ。今日はちょっと体調が良くなくて」


(君が原因の寝不足だ、なんて言えるわけないよね)


それを聞いた恭介が顎に手を当てた後、口を開く。


「今日自転車で来てるんだけど、良かったら駅まで送るよ。荷物無い方が楽でしょ」


思いがけない提案に、千歌は目を大きく見開いた。驚きを隠せずに動揺してしまい、しっとりと手には汗を握る。


「え、でも...」
「遠慮しないで。具合悪そうだし」
「…」
「そのまま帰られても、気になるから」
「う、それじゃあ…、お言葉に甘えようかな。ありがとう」
「ん。伝えてくるから、待ってて」


優しく促され、千歌は申し出を受け入れてしまった。部室へ向かった恭介を待っている間も、ドキドキと心臓は速くなっているのを感じる。まさかの展開の連続に、全く気持ちが追いつかない。


(昨日の今日で、送ってもらうって)


「お待たせ」
「よろしく、おねがいします…」


千歌は、自分がどんな顔をして恭介を見れば良いのか分からなかった。2人並んで歩く廊下はしんと静まっており、沈黙を埋めるために何か話さないといけない気がしてあたふたとする。


「椋くんって、いつもマスクしてるよね。歌うから、喉のケアとか?」


やっと見つけた話題に、自分でも拙い会話だと思いながら声を出す。


「んーん、違うよ。これ」


下駄箱で靴を履き替えながら恭介がマスクを少し下げると、下唇の下に銀色の小さなピアスが光っている。


「ピアス...開けてるんだ」
「うん、去年カッコいいと思って開けちゃって。でも結局校則的にアウトだから隠してる。ダサいよね」
「そんなことないと思うけど...。痛くはないの?」
「開けた時は結構痛かったけど、今は全然」


自然と会話が弾んだことに、千歌はほっとする。

駐輪場に着くと、恭介が自分の自転車の鍵をカシャンと開けた。同時に長い指でベースを弾く姿を思い出し、その手が綺麗だと改めて気づく。


「後ろ、乗る?」


そう言われ、千歌は現実に引き戻される。この間と同じく、また一気に頬に熱が集まるのを感じた。


「乗らないよ!…重いし」


慌てて断る自分の声が、必要以上に大きく響いた。


「気にしないけど」
「私がっ、漕ぐなら、乗る」
「あはっ、何それ。具合悪いのそっちなのに」
「……男の子と2人乗り、恥ずかしいから」


本当の気持ちを蚊の鳴くような声で告白する。


「んー、…まぁ、確かに」


互いの気持ちを察し合うように、微妙な間が流れていく。


「だから鞄だけ、お願い」
「りょーかい」


夕方前の空の中、千歌は自分の胸の高ぶりを静めるように、ゆっくりと深呼吸をした。
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