Music of Frontier
「あ、ルトリア先生!」

「え、ちょ…何ですか?」

怖いんだけど。何その目力?

質問?何か質問ですか?

「ねぇねぇ、ルトリア先生。これ、ルトリア先生なんでしょ?」

「ふぇ…?」

女子生徒の一人、アオイさんが、俺に自分のスマホを見せた。

そこには、見慣れたyourtubeの動画。

先日投稿したばかりの、『frontier』の動画であった。

「あ…はい…」

思いっきり顔出しして、ノリノリで熱唱してるのに。

しかも名前まで出してるのに。

人違いです、とは言えない。

「やっぱり!塾の友達が教えてくれたの。超イケメンで、しかも超上手いボーカルがいるバンドが、今yourtubeで流行ってるって!」

その友達、ちょっと連れてきてもらって良いかな。

話し合いたいことが山ほどある。

誰かと間違えてない?それ『frontier』のことじゃないでしょ。

「ルトリア先生、バンドやってたんですね!しかもボーカル!」

「何で教えてくれなかったんですか?」

「何でって…」

教えたら、君達がそうやって詰め寄ってくることは分かりきっていたし。

授業にも関係ないし…。

「あくまでプライベートでの活動ですから…」

「しかもチャンネル登録者数ヤバいじゃないですか!私も昨日登録しましたよ」

「私も!」

どうもありがとうございます。

「あと、動画も全部観ましたよ!ライブ配信のアーカイブも。全部高評価しておきました!」

「私も!」

本当にありがとうございます。

「先生、サインください、サイン」

「サインって…」

そういう…身内贔屓みたいなことはしたくないんだけど。

公私混同も良いところだ。

でも…ここでサインを断って、あることないことネットに言い触らされるのも嫌だし…。

…ここは、口止め料だ。

「サインは良いですけど…。俺が予備校の講師をしてること、ネットに書いたらいけませんよ。SNSも駄目ですから。そういうことされると、こちらとしても困るので…」

「分かってますよ。それは大丈夫です」

「絶対人に言ったりしません。約束します」

「先生がいなくなっちゃったら困りますから」

…本当だろうね?それなら信用するけど…。

「…分かりました。じゃあ口止め料の代わりにサインあげます」

「やったー!」

「家宝にします!」

そんなもの家宝にされたら、君の子孫は大迷惑だろうに。

渋々ながら、俺はサインを求める生徒達に、さらさらとサインを書いてあげた。
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