ブランケット彼氏にサヨナラを

#9 キルトの秘密

「エエッ、あたしに裁縫しろって⁉」

 居間のコタツでミニたい焼きを食べていた唯ちゃんが、むせてペットボトルのお茶を口に流し込んだ。

「ゆ、唯ちゃん、だいじょぶ?」
「もー、萌音は知ってるでしょ? あたしが裁縫苦手なこと。」

 目を白黒させる唯ちゃんは、背中を擦るボクを非難するように唇を尖らせた。

「それは分かってるんだけど・・・あの、ちょこっとでいいからお願いできないかな?
 実は靴下を1足しか持ってきてなくて。」

 ボクは自分の足を指さした。
 右の靴下から肌色の親指が『こんにちは』って顏を出している。
 
「あらま。」

 わざと靴下に鋏で切れ目を入れたんだけど、バレなかったみたい。
 ボクはドキドキしながら針と魔法の糸を差し出した。

「お願いします。」
「まあ、用意がいいですこと。」

 唯ちゃんはぶうぶう言いながらも玉止めをして、靴下の穴に糸を縫い付けていく。
 あっという間に補修が済んで、穴のふさがった靴下を見たボクは感動した。

「唯ちゃん、やるじゃん!」
「そーよ。あたし、やらないだけで本当はデキル子だから。」
「それなー。」

 唯ちゃんは鼻高々で話を続けた。

「結婚だって、できるのにしないだけだしね!」
「う、うん。助かったよ、ありがとね。」

 唯ちゃんの結婚の話は長くなるのがいつものパターンだ。
 ボクは苦笑いをしてお礼を言うと、逃げるように子ども部屋に戻った。

 ※

「さて、靴下くん。もし喋れるなら話してみてよ。」

 ボクら三人は息を殺して片方の靴下を見つめていた。

 急に人間化する?
 それとも、太陽先輩みたいに話ができるようになる?

(ちょっとだけ、楽しみかも。)

 そんな期待とはうらはらに、靴下は微動だにしなかった。

「あれー?」

 5分経ち、10分経ち・・・。
 ついにしびれを切らしたユウくんが靴下を手に取り、振ったり揉んだりしてみたけど状況は何も変わらない。

「やっぱりな。」

 太陽先輩がボクの肩の上で大きなため息を吐いた。

「やっぱりって、どういうことですか?」
「古明地たちの話を聞いて、俺は二つの仮説を立てていたんだ。」
「仮説?」
「ひとつは、その糸が魔法の糸で物を人間に変えたり人間を物に変える力があるということ。
 そしてもうひとつは、その糸を使う人間に力があるってことだ。」
「おばあちゃん以外にも魔女がいるってこと?」

 また謎が増えちゃった。
 ボクが頭を悩ませていると、二人の目がボクを見ている気がした。

 ジィーッ。

「な、なに?」
「まだ気づかない?」
「萌音はちょっとニブイからね。」

 人を天然扱いする二人にムッとしていると、太陽先輩が衝撃の一言を放った。

「古明地、魔女の子孫であるオマエに力があるんだよ。」

 ボクはその場に凍り付いた。

「それは、僕も思ってたんだ!」

 少し身を引いたボクの手を、隣に座っていたユウくんが興奮した顏で握った。

「僕らの声や姿が見えるのは大人と子どもの違いだと思っていたけど、ブランケットになった太陽の声は萌音だけが聴こえるみたいだったから、不思議だったんだ。」

 ボクは慌てて反論した。

「待って、それはおかしいよ。
 唯ちゃんだって私と同じ立場なのに、靴下を人間にできなかったじゃない。」
「隔世遺伝とか?」
「つまり、ボクが魔法を使ってユウくんを人間にしたり、先輩をブランケットにしたって言いたいの?」
「無意識なんだろうけど、そうなるかな。」

 ボクを魔女だというスタンスを崩さない太陽先輩に、ボクは言いようのない怒りがこみ上げてきた。

「あくまでも・・・決めつけるんですね。」
「ん?」
「だとしたら、耐えられない。」 
「萌音?」
「家の部屋から出るのも大変なのに、ボクに期待するのはやめて。」
「え? いや、そんなつもりじゃ・・・。」
「ごめんなさい。」

 ボクは太陽先輩をベットの上に置いて、静かに部屋を出た。

 ※

(八つ当たり、サイアク。)
  
 ボクはしばらくの間、ひとりで暗い2階の廊下の隅にうずくまっていた。
 なんでさっきは、あんなにイライラしちゃったんだろう。

 被害者は太陽先輩。
 ボクに魔法が使えるんじゃないかという発言は、少しでも人間に戻る可能性を探ってるだけだって頭では分かってる。

 でも・・・。
 どうしても、あの時のひどい発言と重ね合わせる自分がいる。

(思い切ってあの時のことを聞いたらスッキリするかも? いや・・・それはムリ。)

 自問自答しながらモヤモヤしていると、ユウくんが部屋から廊下に出てきた。
 大きな黒目がちの瞳をキュルッとさせて、ボクの前にしゃがんだ。

「萌音、僕にくるまる?」
「ううん。
 そういう気分じゃないから。」
「そう・・・。」

 ユウくんは、ボクの脇を通り抜けて階段の廊下に貼られているキルトを触りながらトントンと降りて行く。
 それからまたトントンと階段を登ってきて、膝を抱えるボクに話しかけるでもなく独り言ちた。
  
「おばあちゃんのうち、懐かしい物でいっぱい!」

 ボクはその言葉を無視したけど、ユウくんは構わず大きな声で喋り続ける。 

「このパッチワーク、僕は覚えてるよ。
 萌音はおばあちゃんの制作を横で見るのが好きだったよね。」
 
 ユウくんが気分が落ちているボクを慰めてくれようとしているのが伝わる。
 伝わる分、素直になれない自分が恨めしくて顏をあげられないんだ。

「このパッチワークの刺繍、絵本みたいだね。」

 ボクはその時、ハッとしてユウくんを仰ぎ見た。
 
「ボクもそう見えたんだ!」

 この家に戻って来た時に感じた違和感。
 その正体をユウくんが言い当てた気がして、ボクは立ち上がった。

「ボクは女の人が機を織っているようにに見えるけど、ユウくんには何が見える?」
「糸を持つ人、ハサミを持つ人、布を持つ人がいる。次はおばあちゃん少女と赤ちゃん。次は・・・。」
「このパッチワーク、剥がしてじっくり見てみようか。」

 早速、ボクとユウくんは大きなパッチワークを壁から剥がして子供部屋に運んだ。

「なんだよ、その布。」

 突然パッチワークキルトを持って戻って来たボクたちに、太陽先輩が驚いた声を出した。
 ボクは太陽先輩がよく見えるように肩に掛けてあげて、床に広げたパッチワークの刺繍部分を指さした。

「これ、おばあちゃんの作品なんですけど、刺繍された絵が物語に見えるんです。」
「ホントだな。」

 太陽先輩が唸った。

「美術館で見たことがあるような構図だな・・・。」
「え、先輩が美術館に行くんですか?」
「なんだよ、悪いか?」
「運動意外は興味がないのかと思っていたので、意外で・・・。」
「オマエって失礼な奴だな。」

 自然と太陽先輩をキャッチボールの会話ができたことがくすぐったい。

(本当は、いい人なんだけどな・・・あのバスでの事件さえなければ。)

 あの時のこと、先輩は覚えていないのか、ボクだけが繊細で気にしているだけなのか。

「小学校の課外授業で美術館に行ったとき、古明地だけ熱心に観てたよな。」
「よく覚えていますね。」
「俺も彫刻とか絵とか観ると長いから、同じ人種だと思ったんだ。」
「あの時は確かギリシア神話に由来した展示会だったから・・・。」

 ぼんやりと課外授業のことを頭に浮かべたボクはハッとした。
 このキルトの中に描かれた刺繍と記憶の絵が重なったんだ。

「この三人、運命の女神だ!」
「運命の女神って・・・神話の?」
「過去、現在、未来を司る三姉妹の女神じゃないでしょうか?」
「おっ、鋭いじゃん!」

 太陽先輩が少し高い声を出した。

「だとしたら、この木のボビンはこの女神たちの由来があったりするのかもな。」
「運命の女神の糸、ですかね。」
「わー、なにそれ面白いね。」

 ボクたちは目をキラキラさせて木のボビンに巻かれた白い糸を眺めた。
 不意にボクの肩に居る太陽先輩が、ためらいがちに切り出した。

「なあ古明地。」
「はい?」
「ずっと気になってたんだけど・・・オマエが学校に来なくなったのってバスで吐いたせいなのか?」
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