ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

4・建築イベントと幼馴染

 その日の夜、自室でベッドに寝転がりながらスマホで会話をしていた。
 通話の相手は愁さんだ。百合香に背中を押され、思い切って連絡してみた。
 
『建築イベント?』
 
 少し驚いたような声が返ってくる。

「はい。実は、そこに勤めている古い友人がガイド役をやるらしくて……。よかったら見にきてほしいって言われたんです」

 創ちゃんにもらったチラシを見ながら説明する。

「それに……今度の実習先の一つでもあるので、下見も兼ねて行けたらなぁって……」

 言葉を濁しながら、スマホの画面を指でなぞる。
 本当は「愁さんと一緒に出かけたい」だけなのに、「勉強のため」なんて理由をつけるあたり、なんだか自分でも少し恥ずかしい。

『実習?』
「あ、はい。私、観光学科に通っているんです。ツアーコンダクターを目指していて、それの実習で」

 そういえば、愁さんには話したことがなかった気がする。
 電話の向こうで、ほんの少しの間があく。

『そうだったんだ。……意外だな』
「え?」
『いや、天音さんってスイーツに詳しいし、そっちの道に進むのかと思ってた』
「あ、そういうわけじゃないんですけど……旅先でスイーツを紹介したくて!」

 自分でも思っていなかったくらい、声が弾んでいた。
 ふっと笑うような息が聞こえた後、愁さんが話を戻す。

『それで、開催日はいつかな?』
「えっと……8月の第二土曜日と日曜日ですね……」
 
 ちょうどお盆休みに入る頃だ。だけど、週末なんて愁さんは仕事に決まっている。
 自分で言っておきながら、小さくため息が出る。

『ごめん、土日は仕事だから、ちょっと無理だな……』
「ですよね……」
 
 予想通りの答えに小さく笑う。やっぱりそうだよね。
 サービス業に土日休みが存在しないことは、父の仕事を通して身にしみている。

『念のため聞くけど、天音さんはどっちの日に行くの?』
「土曜日に行こうかと。友人のガイドする日が、土曜日らしくて」
『そっか……』
 
 愁さんの声が急に静かになる。どうしたんだろう?

「愁さん?」
『ああ、ごめん。ちょっと考え込んでた』

 電話越しに、カタカタと小さな音が聞こえる。
 何か作業中かな?
 
『行けなくて残念だけど、土曜日は楽しんできて。せっかくだし、しっかり見ておいで』

「はい……!」

 少し寂しさはあったけど、愁さんの優しい声に背中を押される気がした。
 
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