ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

8・ハプニングで腕の中

 旧倉庫をリノベーションしたショッピングモールは入り組んでいて、死角になる場所も多い。
 もしかしたら、どこかの店で立ち止まっているのかもしれない。
 各店舗のスタッフに特徴を伝えながら、私はさらに奥へ進む。

 すると、一番奥にあった、昔の倉庫の歴史を紹介するコーナーで、白髪の男性を見つけた。
 男性は、壁に展示してあった古いモノクロ写真を、じっと見つめている。

「あの……山口さんですか?」

 声をかけると、男性は驚いたように振り向いた。
 
「おお、すまんね。ちょっと昔を思い出して、気づいたらここにいたよ」

 山口さんが見ていた写真は、まだ倉庫だった頃の風景を写したものだった。
 鉄骨の梁、木箱が積まれた広い作業場、そして荷積みをする人々の姿が映っている。

「ここがまだ倉庫だった頃、私はここで働いていてね。そこで妻と出会ったんだよ」

 寂しそうな、だけどどこか懐かしそうに笑う山口さん。
 時計を見ると、集合時間まであと少しだった。

「そろそろ行きましょう。奥様が心配していますよ」

 促すように声をかけると、山口さんは苦笑した。

「ああ、集合時間だったね。でも、もう少しだけ待ってくれるかい?」

 そう言って、再びモノクロ写真に視線を戻す。
 その横顔には、ほんの一瞬、若かりし日の彼が重なった気がした。
 私は小さく頷き、彼が静かに思い出に浸るのを見守った。
 数秒後、山口さんはふうっと息を吐き、静かに背を伸ばした。

「……よし、行こうか」

 私は微笑みながら頷き、山口さんと並んで歩き出した。

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