クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる
内容は、まだ警視時代の近江が同僚の堂本陽太をヤクザとの抗争と見せかけて殺害したという内容のものだった。
紗理奈の血の気が一気に引いていく。指先の感覚までなくなっていくようだ。
拍動を耳元で強く感じる。
本当にこの記事に記載されているように、近江が兄・陽太を殺害したというのだろうか?
これまでの近江との出来事を思い出す。
(あの人は……)
刑事の仕事に誇りを抱いているようだった。
確かに紗理奈の兄の一件に関しては、何かしら後悔しているようではあった。
仮に殺害犯だったとして、わざわざ脅迫状を警察庁に送ってきたり、紗理奈と出会った際に助けずにそのままにしても良かったはずだし、紗理奈を信用させるためにとるにしては、一連の行動があまりにも回りくどすぎる。
そもそも、犯人の目途が立ったというような内容を、近江だって口にしていたはずだ。
それに何よりも……
「近江さんがそんなことをするはず、絶対にありません」
紗理奈は力強く断言した。
すると、後藤局長がしばらくすると話しはじめる。
『誰かが近江警視正を引きずり下ろすために適当に嘘を吐いているんだとしても、ライバル新聞社が堂々と記事の一面に載せる気満々なんだ。同じ新聞記者として、何か裏が取れているんだろうとは思いたいが……』
紗理奈は記事の隅々まで記事を読み込む。
(ん?)
少々気になる箇所があった。
「かつての同僚からの証言?」
近江のかつての同僚。
昨晩出会った二人の姿が脳裏に浮かぶ。
『新聞社だってリスクはおかしたくない。だから、証言だけで記事に載せるはずはないわけだが……もしかしたら、俺たちに先を越されまいと、今頃証拠集めを必死におこなったりしてな。はは』
後藤局長なりに紗理奈の緊張を和らげようとしてくれているのだろう。
少しだけ元気が出てきた、その時。
マンションのインターホンが鳴り響いた。
こんな時間に宅配便だろうか?
気になりつつ、カメラを覗く。
すると……
『こんにちは』
立っていたのは……
(この人、確か昨日レストランで会った……)
牛口幸三。
近江のかつての同僚刑事だったはずだ。
同僚であるならば、近江が住んでいる場所を把握していてもおかしくはないだろう。
けれども、近江は今は勤務時間だと把握しているはずだ。
なのに、どうしてこんな時間に尋ねてきたのだろうか?
『堂本陽太の妹さん、近江のマンションに住んでいるんだろう?』
答えてよいものか分からず、紗理奈はしばらくだんまりになる。
『近江が逮捕されたのを君は知っているかい? 君のお兄さんの死亡事件について俺だけが知っている話があるんだ』
ドクン。
ずっと追っていた兄の死の真相。
紗理奈はゴクリと唾を呑み込んだ。
このタイミングで現れるなんて、これは絶対に罠だ。
けれども……
(もしかしたら牛口さんは、お兄ちゃんの一件だけじゃなく、近江さんが逮捕された一件に絡んでいるのかもしれない)
紗理奈の鼓動が速くなる。
ぎゅっと拳を握ると決意を新たに返事をした。
「わかりました」
紗理奈は近江を救うべく、牛口の要求に応じることにしたのだった。