夜の図書室の司書になりました!

第四章 ラブロマンスな一日を

 次の日の、火曜日の朝。
 さっそく図書室に行ってみると、ミステリとホラーの棚の前に、人がいた。
 私も行ってみると、今までは難しそうだったり趣味と合わなさそうな気がして、読む気の起きなかった本の背表紙が、やっぱりきらきらと輝いて見えた。
 眼鏡をかけた一年生っぽい男子がホラーを、長い髪の三年生らしい女子がミステリを、一冊ずつ手に取ってぱらぱらページをめくってる。
 やった!
 ちょっと怖かったけど、あの二人の願いもかなえられた!
 よかった……!
 三島さんもにこにこして、小さく親指を立ててた。
 そこにまた別の生徒が、ファンタジー作品らしい表紙の本を借りに来た。

 貸し出しの処理を済ませた三島さんが、私に小声で言ってくる。

「さっき一年の子が、図書室って放課後勉強してもいいんですよねって言ってきたよ。まさか本当に、この図書室に活気が戻るなんて思わなかった。ありがとうね、七月さん」

「い、いえいえ! 頑張ってるのは、私より精霊の皆さんですから!」

 私は、ファンタジー、ヤングアダルト、ミステリ、ホラー、童話、絵本の棚を回って、少し頭を下げてあいさつしていった。
 みんなからどう見えてるかは分からないけど、そこに精霊たちがいると思って。
 あれ?
 気のせいか、ヤングアダルトの棚だけは、背表紙の輝きが鈍い気がする。というより、先週と変わってないというか。
 ジュブナイルさん、あんまり具合よくなかったりするのかな……?

 教室に行く前に、一応生物室を覗くと、人体模型はいつもの場所にちゃんとあった。傷とかもついてないみたい。
 池に突き立ってたりしなくて、よかった。

 そうして授業が始まって、やがて放課後になった。
 すっかり慣れたもので、私はまず図書室に向かう。
 すると、本当に、奥のほうの机で勉強してる人たちがいた。
 本当に、どんどん復活してきてるんだ。

「七月さん、お疲れ様」

「あ、三島さん。今日もよろしくお願いします」

「うん。それにしても、図書室が見違えて明るくなったね。精霊たちが元気になると建物の傷みもよくなるから、この分だとここから追い出されなくても済むかもね」

「ほ、本当ですか!?」

「残る精霊も、ラブロマンスだけだしね。……しかし、そうか、あいつも戻ってくるのか」

 三島さんが、ちょっと表情を曇らせた。

「えっ。なにか、……いけないことでもあるんですか?」

「いいや、全然いけなくない。ラブロマンスもいいやつだよ。でもな……」

 ちら、と三島さんが私を見る。
 ……わ、私になにか問題が!?

「七月さんがいると……どうなるんだろうな。だってあいつら、そろいもそろって、たぶん……」

 やっぱり私!?
 なんだか気になりつつも、そこで三島さんはカウンターに生徒が来て忙しくなっちゃったので、とりあえず夕暮れが来るのを待って、昇降口に向かった。
 雷鳴の中、昇降口を出入りして、校舎に戻る。
 それから、図書室に行く……んだけど。
 下駄箱のすぐ先に、ジュブナイルさんがいた。
 ちょうど、前にファンタジーさんがいたところだ。

「あ、ジュブナイルさん。図書室に行くんですか?」

「うん。その前に、花音ちゃんに会いたくて」

「私に? なにか用事ですか?」

 図書室じゃ、話しにくいことなのかな。

「違うよ。ただ、君に会いたかったけなんだ。二人っきりで」

 ジュブナイルさんがそう言って、私のすぐ前まで来た。
 心なしか、ほっぺたがちょっと赤くなってるように見えるのは……気のせいかな?

「花音ちゃん。今日も愛くるしいね」

「へっ!? も、もう、精霊のみなさんて、ほんとに平気でそういうこと言いますよねっ!?」

「みなさん、じゃないよ。ほかのみんなは関係ない。今ここにいるのは、僕だけ――」

 そこまで言った時。

「ジュブナイル! お前姿が見えねえと思ったら、こんなところで抜け駆けしてたのか!」

 横からそう言ってきたのは、ファンタジーさんだった。

「抜け駆けなんて人聞きが悪いね、ファンタジー。それとも、焦っているのかな?」

 そう言われて、ファンタジーさんがたじろぐ。

「おれが? 焦る? ……なににだよ?」

「もちろん、僕が花音ちゃんに、告白でもするんじゃないかってさ」

 こっ……

「こ!? 告白!? ジュブナイル、お前!」

「先を越されたらまずいと思って、必死に走ってきたんじゃないの?」

 ジュブナイルさんはくすくす笑ってる。
 告白……ってなに? ジュブナイルさんが、私に、な、なんの告白?

「さ、先とか後とか、そういうもんじゃねえだろうが! 一番大事なのは花音の気持ちで!」

 ファンタジーさんがジュブナイルさんに詰め寄って、私のすぐ前を通り過ぎる。

 その時、「わっ!?」と叫んだ私に、ファンタジーさんがぐるんと振り向いた。

「なんだよ、花音!?」

「ファンタジーさん、顔が真っ赤ですよ! 風邪でも引いたんですか?」

 ぐっ、とファンタジーさんがのけぞった。
 ジュブナイルさんがまた笑ってる。

「せ、精霊が風邪なんぞ引くかっ! あーもういい、さっさと図書室行くぞ!」

「分かったよ。じゃあ花音ちゃんと、図書室まで校内デートだね」

 校内デート、って図書室は五分ももかからないで着くんですけど……
 じゃなくて。
 あれ? デートって言った、今?

「でも本当は学校の外に行きたいよね、僕と花音ちゃんの二人で」

「ジュブナイルウウウウ!」

 思いがけない言葉がぽんぽん出てきたのと、ファンタジーさんの様子を見たせいで、胸がどきどきした。
 さっきの告白って……いわゆる、その、恋のやつ? まさか? 冗談だよね?
 私たちは、図書室に向かって歩き出した。

「……花音、いきなり騒いで悪かったな」

「あっ、全然っ」

「今日も来てくれて……おれも、うれしかったよ。会いたかった」

 ええ!?
 ファンタジーさんは、前に私のことかわいいって言ってくれたことはあったけど……会いたかった? 会いたかった、って言った?

「なんだか……今日、二人とも変じゃないですか?」

「……そうか? 変だとしたら、……花音のせいなんじゃねえの。あー、今日はいい天気だな」

 ファンタジーさんは、そう言ってぷいっと反対を向いた。よる世界だから、そっちには、真っ暗な窓しかないのに。

 図書室に着いた。
 がらっ、と引き戸を開ける。
 と。

「初めまして! マドモアゼル花音だね!?」

 いきなりそう言ってきたのは、すらりと背の高い、長い金髪を揺らした、見知らぬ男の人だった。

「えっ!? あ、はい、七月花音です……けど」

「そうか……君が、ラブ乏しきこの世界に、我を引き戻してくれたうるわしのマドモアゼル花音!」

 初対面でのなかなかの迫力に押されて、思わず後ずさっちゃったけど。
 ラブ……。あっ、もしかして。

「ラブロマンスさんですか!? 自力で図書室まで来られたんですか!?」

「そうとも! 昨日のことさ、なぜか校内の『夜の底の使い』が片っ端から打倒されてごっそり減ってね! これは好機! と思ったのだよ! それでもまとわりついてくるやつらを振り切って、なんとかここにたどり着いたら、もう我の友達がみんな大集合じゃないか!」

「ああ。昨日は、おれとジュブナイルでだいぶ『使い』のやつらやっつけたからな」

 ファンタジーさんがそう言うと、また若い姿になってる三島さんも続けた。

「ほかの精霊が活力を取り戻したから、ラブロマンスにもその影響が出て、元気になってくれたというのもあるだろうな。七月さんにお礼言えよ、ラブ」

 ラブロマンスさんは、カッカッと靴を鳴らして私の前に来た。
 目が青い。金髪といい、外国――ヨーロッパの人みたい。行ったことないけど。
 彼の服装は、白地に金の刺繡が入った、ぱっと見は女の人のドレスに思えるくらいの、軽やかな布地がたっぷり。スカートに見えるほど長く伸びた上着の裾に、その下にはタイトな白いズボンをはいてた。
 靴は、ミステリさんのものより丈の長い、すねまであるブーツだ。

「もちろんだとも! 本当にありがとう、マドモアゼル花音! これでまたみんなに、ラブに満ちた毎日を送ってもらえるよ!」
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