夜の図書室の司書になりました!
第二章 さみしがりやのジュブナイル
「なんだか、変な感じです」
「なにがだ?」
「夜の学校……まだ夕方だったはずですけど、外が真っ暗だからそう見えるんですけど。夜の学校を歩くのも不思議な気分ですし、ファンタジーさんや、童話さんや絵本さんと学校の廊下を歩いてるっていうのも……」
白うさぎは「童話」、黒猫は「絵本」というそうで。
絵本さんは私たちの足元を一緒に歩き、童話さんはやっぱり耳をはばたかせて飛んでる。
鳥の羽とかと比べてかなりゆっくり耳を動かしているので、この耳のはばたきで飛んでるわけじゃなく、ただ飛んでる間に「なんとなく動いちゃうんですう」って説明された。
「おれとしては、どうして普通の人間の花音が魔法書をもって、夜世界に入ってきたのかをはっきりさせていんでな。少しつき合ってくれ。この先だ」
そう言われて向かっているのは、学校の図書室だった。
普通の人間がいるのがおかしいっていうから当たり前なのかもしれないけど、この暗い世界――夜世界って呼ばれてるみたい――には、先生も生徒も、私たちのほかには誰も校内にいない。
ただ私たちの足音だけが廊下に響いた。
「図書室に行くと、なにか分かるんですか?」
「少なくとも、おれよりは分かりそうなやつがいるからな。よし、ここだ。おい、いるか、ミシマエル」
がらがらと、いつもの図書室と全く同じ引き戸を開けると、ファンタジーさんは中に入った。
最近は昼間でも暗く感じる図書室だけど、夜世界のせいか、いっそう暗く感じる。……電気つけても変わらないのかな。
入口のすぐ左にカウンターがあるんだけど、四人、というか二人と二匹で、そこを覗き込む。
……ん?
ミシマエル?
「いるとも。今の私は、『夜の図書室』から出ることができないからな」
聞き覚えのある声。
その人は、カウンターの奥に出したミニテーブルで紅茶を飲んでた。
白いティーポット、白いカップ、ほかにもなんのために使うのか私にはよく分からないけど、たぶん紅茶関係の道具。
その前に座ってる人の顔を、まじまじと見ちゃった。
「三島……さん?」
「えっ? 七月さんか? どうして……!? あ、まさか!?」
三島さん、と思わず呼びかけちゃったけど、そこにいたのは、私と同じくらいの歳の男の子だ。
銀縁の丸眼鏡をかけて、黒い髪を世小分けにしてて、顔だちも三島さんとそっくり。頭がよさそうで、穏やかそうで、見ていて落ち着く雰囲気も。
それに、三島さんて呼ばれても戸惑ったりしてない。
……三島さんの弟さんとか? さすがに子供にしては大きいし……。
「まさか、七月さん、君に渡した魔法書が発動したのか!?」
私はスマホを取り出して、ストラップをつまむ。
「渡した? この本の形のチャームのことですよね? じゃ、やっぱりあなたは三島さん? なんで!? なんで中学生に!?」
そう質問する私を見て、ファンタジーさんがふうと息をつきながら言う。
「ほら見ろ、ミシマエル。花音は本当に夜世界のことも、『夜の図書室』のこともなにも知らねえんだろ。それなのに迷い込んでくるってのは、どういうわけだ? しかも、あと一歩で花音は大けがするところだったんだぞ」
ぎらりと、ファンタジーさんの目が光った。……怖い顔すると、本当に迫力あるなあ。
「予想外だ……こんなことになるなんて」
三島さんが立ち上がって、私にふかぶかと頭を下げる。
「えっ!? み、三島さん!? や、やめてくださいっ!」
「申し訳なかった。君の素質を見抜けなかった。教えるよ、君になにが起きて、今なぜここでこうしているのか」
それから三島さんは、私たちみんなの分の紅茶を入れてくれた。
童話さんと絵本さんは、ぬるくしたものをお皿に出してもらって、それを舐めてる。
うさぎとか猫って紅茶なんて飲んで平気なのかなと思ったけど、本当の動物じゃないから心配はいらない、とのことで。
「七月さん、君が今いるこの世界は、夜世界と呼ばれている。そしてここは、『夜の図書室』。私がその司書……というより、管理人だけどね」
「……はい」
「夜世界は、建物や地形は現実世界と同じだ。ただ、現実世界では居場所のないモノやヒトが、時折迷い込むことがあって。そうするとそのヒトは、自分の暮らしている町とそっくりだけど人っ子一人いないという、奇妙な町を歩くことになる。今のここみたいにね」
図書室の窓から、外を見た。
校庭の様子が少し見える。人の姿は見えない。
「じゃあ、校門の外に出てもうちに帰って家族に会ったりは、できないってことですか?」
「そう。というより、夜世界では学校から出られない。いろいろ決まりごとが多くてね。私は、図書室から出ることはできないし。いや、私のことはいいな。それで君に渡した魔法書なんだが」
「はい。なんだか、さっき光ってたんですけど……」
「『夜の図書室』の司書の資格を持つ者が、魔法書を持ったまま夕暮れを迎えると、夜世界の門が開く。そこに入れば、夜世界へ行ける。今日の帰り、雷みたいな音が鳴らなかったかな? それが合図だ」
「あ、鳴りました! すごく大きな音で、雷が近いなって思いましたから」
「その時、昇降口から外に出た? あそこは、校内でも最も大きな門だし、帰ろうとしてたらそのままくぐっちゃうよね」
そうか。あの時、私はこの世界に入り込んだんだ。
そうして、絵本さんや童話さんと出会って。
「あれ? でも私、『夜の図書室』の司書の資格? なんて、持ってないですけど……」
「そうだよね。ある種の才能としか言えない。普通はもっと時間をかけて経験を積んで、ようやく夜世界に来られるんだけどな。だから私も、まさか七月さんがここへ来てしまうなんて思わなくて、あくまでただの記念のアクセサリーにと思って、魔法書を渡したんだ」
そこで、ファンタジーさんがティーカップをかたんとテーブルに置いた。
「ほっほお。で、あやうく魔法使いに襲われて、大変やばい目に遭わせるところだったと」
「本当に、本当にごめん、七月さん」
またも三島さんが頭を下げてくる。
私と同年代になった三島さんにそんなことをされちゃうと、どうしていいか分からない。
「だ、だからやめてくださいって! ファンタジーさんが助けてくれて、無事でしたし! ……でもこれが魔法書だなんて。ただのアクセサリーにしか見えないですね」
「ああ。魔法書は、司書を助けてくれるアイテムでね。司書が必要とする知識があれば、それが得られるところへ導いてくれたりする。結構便利だよ。いたずらや悪用に使う司書も多いけどね」
「いたずら、ですか?」
「そう。たとえば、七月さんは、今つき合ってる人とか」
「えっ? い、いませんよそんな人!?」
「そんな時に、魔法書に尋ねるのさ。『この近くに、私に好意を持っている人はいますか? 教えたまえ』」
私は魔法書を手にもって、言われたままに言ってみた。
「この近くに私に好意を持っている人はいますか、教えたまえ。……なんて、いるわけないじゃないですかっ。それも夜世界に」
「あはは、そうだよねえ」
「もう、三島さんってば。あはは」
けれど。
ぴくり、とチャームが動いた。ストラップの尾を引いて銀色の小さな本が宙に浮き、ゆっくりと、ある方向に向かってゆっくりと空中を泳ぐ。
「えっ、浮いた。光るだけじゃなくて浮きもするんですね。……あれ?」
魔法書が指した方向には、図書室のドアがあった。
ただ、その前に、ファンタジーさんがいる。
「……えっ?」と思わず声が出ちゃった。
でも、私以上にファンタジーさんがびっくりしてる。
腕組みしていたのを解いて、わたわたと話し始めた。
「い、いや待て、違うぞ!? 魔法書はたまに間違うし、ていうかおれじゃなくて図書室の外を指してるんじゃないか!? おい魔法書、なんでお前にそんなこと分かるんだよ!?」
「あれ、顔が赤いよファンタジー」
「ばかいってんじゃねえぞ、ミシマエル! 適当なことしやがって!」
「おや、ではファンタジーは七月さんに好意は抱いてないの?」
「なにがだ?」
「夜の学校……まだ夕方だったはずですけど、外が真っ暗だからそう見えるんですけど。夜の学校を歩くのも不思議な気分ですし、ファンタジーさんや、童話さんや絵本さんと学校の廊下を歩いてるっていうのも……」
白うさぎは「童話」、黒猫は「絵本」というそうで。
絵本さんは私たちの足元を一緒に歩き、童話さんはやっぱり耳をはばたかせて飛んでる。
鳥の羽とかと比べてかなりゆっくり耳を動かしているので、この耳のはばたきで飛んでるわけじゃなく、ただ飛んでる間に「なんとなく動いちゃうんですう」って説明された。
「おれとしては、どうして普通の人間の花音が魔法書をもって、夜世界に入ってきたのかをはっきりさせていんでな。少しつき合ってくれ。この先だ」
そう言われて向かっているのは、学校の図書室だった。
普通の人間がいるのがおかしいっていうから当たり前なのかもしれないけど、この暗い世界――夜世界って呼ばれてるみたい――には、先生も生徒も、私たちのほかには誰も校内にいない。
ただ私たちの足音だけが廊下に響いた。
「図書室に行くと、なにか分かるんですか?」
「少なくとも、おれよりは分かりそうなやつがいるからな。よし、ここだ。おい、いるか、ミシマエル」
がらがらと、いつもの図書室と全く同じ引き戸を開けると、ファンタジーさんは中に入った。
最近は昼間でも暗く感じる図書室だけど、夜世界のせいか、いっそう暗く感じる。……電気つけても変わらないのかな。
入口のすぐ左にカウンターがあるんだけど、四人、というか二人と二匹で、そこを覗き込む。
……ん?
ミシマエル?
「いるとも。今の私は、『夜の図書室』から出ることができないからな」
聞き覚えのある声。
その人は、カウンターの奥に出したミニテーブルで紅茶を飲んでた。
白いティーポット、白いカップ、ほかにもなんのために使うのか私にはよく分からないけど、たぶん紅茶関係の道具。
その前に座ってる人の顔を、まじまじと見ちゃった。
「三島……さん?」
「えっ? 七月さんか? どうして……!? あ、まさか!?」
三島さん、と思わず呼びかけちゃったけど、そこにいたのは、私と同じくらいの歳の男の子だ。
銀縁の丸眼鏡をかけて、黒い髪を世小分けにしてて、顔だちも三島さんとそっくり。頭がよさそうで、穏やかそうで、見ていて落ち着く雰囲気も。
それに、三島さんて呼ばれても戸惑ったりしてない。
……三島さんの弟さんとか? さすがに子供にしては大きいし……。
「まさか、七月さん、君に渡した魔法書が発動したのか!?」
私はスマホを取り出して、ストラップをつまむ。
「渡した? この本の形のチャームのことですよね? じゃ、やっぱりあなたは三島さん? なんで!? なんで中学生に!?」
そう質問する私を見て、ファンタジーさんがふうと息をつきながら言う。
「ほら見ろ、ミシマエル。花音は本当に夜世界のことも、『夜の図書室』のこともなにも知らねえんだろ。それなのに迷い込んでくるってのは、どういうわけだ? しかも、あと一歩で花音は大けがするところだったんだぞ」
ぎらりと、ファンタジーさんの目が光った。……怖い顔すると、本当に迫力あるなあ。
「予想外だ……こんなことになるなんて」
三島さんが立ち上がって、私にふかぶかと頭を下げる。
「えっ!? み、三島さん!? や、やめてくださいっ!」
「申し訳なかった。君の素質を見抜けなかった。教えるよ、君になにが起きて、今なぜここでこうしているのか」
それから三島さんは、私たちみんなの分の紅茶を入れてくれた。
童話さんと絵本さんは、ぬるくしたものをお皿に出してもらって、それを舐めてる。
うさぎとか猫って紅茶なんて飲んで平気なのかなと思ったけど、本当の動物じゃないから心配はいらない、とのことで。
「七月さん、君が今いるこの世界は、夜世界と呼ばれている。そしてここは、『夜の図書室』。私がその司書……というより、管理人だけどね」
「……はい」
「夜世界は、建物や地形は現実世界と同じだ。ただ、現実世界では居場所のないモノやヒトが、時折迷い込むことがあって。そうするとそのヒトは、自分の暮らしている町とそっくりだけど人っ子一人いないという、奇妙な町を歩くことになる。今のここみたいにね」
図書室の窓から、外を見た。
校庭の様子が少し見える。人の姿は見えない。
「じゃあ、校門の外に出てもうちに帰って家族に会ったりは、できないってことですか?」
「そう。というより、夜世界では学校から出られない。いろいろ決まりごとが多くてね。私は、図書室から出ることはできないし。いや、私のことはいいな。それで君に渡した魔法書なんだが」
「はい。なんだか、さっき光ってたんですけど……」
「『夜の図書室』の司書の資格を持つ者が、魔法書を持ったまま夕暮れを迎えると、夜世界の門が開く。そこに入れば、夜世界へ行ける。今日の帰り、雷みたいな音が鳴らなかったかな? それが合図だ」
「あ、鳴りました! すごく大きな音で、雷が近いなって思いましたから」
「その時、昇降口から外に出た? あそこは、校内でも最も大きな門だし、帰ろうとしてたらそのままくぐっちゃうよね」
そうか。あの時、私はこの世界に入り込んだんだ。
そうして、絵本さんや童話さんと出会って。
「あれ? でも私、『夜の図書室』の司書の資格? なんて、持ってないですけど……」
「そうだよね。ある種の才能としか言えない。普通はもっと時間をかけて経験を積んで、ようやく夜世界に来られるんだけどな。だから私も、まさか七月さんがここへ来てしまうなんて思わなくて、あくまでただの記念のアクセサリーにと思って、魔法書を渡したんだ」
そこで、ファンタジーさんがティーカップをかたんとテーブルに置いた。
「ほっほお。で、あやうく魔法使いに襲われて、大変やばい目に遭わせるところだったと」
「本当に、本当にごめん、七月さん」
またも三島さんが頭を下げてくる。
私と同年代になった三島さんにそんなことをされちゃうと、どうしていいか分からない。
「だ、だからやめてくださいって! ファンタジーさんが助けてくれて、無事でしたし! ……でもこれが魔法書だなんて。ただのアクセサリーにしか見えないですね」
「ああ。魔法書は、司書を助けてくれるアイテムでね。司書が必要とする知識があれば、それが得られるところへ導いてくれたりする。結構便利だよ。いたずらや悪用に使う司書も多いけどね」
「いたずら、ですか?」
「そう。たとえば、七月さんは、今つき合ってる人とか」
「えっ? い、いませんよそんな人!?」
「そんな時に、魔法書に尋ねるのさ。『この近くに、私に好意を持っている人はいますか? 教えたまえ』」
私は魔法書を手にもって、言われたままに言ってみた。
「この近くに私に好意を持っている人はいますか、教えたまえ。……なんて、いるわけないじゃないですかっ。それも夜世界に」
「あはは、そうだよねえ」
「もう、三島さんってば。あはは」
けれど。
ぴくり、とチャームが動いた。ストラップの尾を引いて銀色の小さな本が宙に浮き、ゆっくりと、ある方向に向かってゆっくりと空中を泳ぐ。
「えっ、浮いた。光るだけじゃなくて浮きもするんですね。……あれ?」
魔法書が指した方向には、図書室のドアがあった。
ただ、その前に、ファンタジーさんがいる。
「……えっ?」と思わず声が出ちゃった。
でも、私以上にファンタジーさんがびっくりしてる。
腕組みしていたのを解いて、わたわたと話し始めた。
「い、いや待て、違うぞ!? 魔法書はたまに間違うし、ていうかおれじゃなくて図書室の外を指してるんじゃないか!? おい魔法書、なんでお前にそんなこと分かるんだよ!?」
「あれ、顔が赤いよファンタジー」
「ばかいってんじゃねえぞ、ミシマエル! 適当なことしやがって!」
「おや、ではファンタジーは七月さんに好意は抱いてないの?」