ONE NIGHT BATTLE
1st round

(ゆう)という、名前しか知らない男。

いや、その名さえ偽りかもしれない。



悠が、アルコール度数の高そうな茶色が5ミリ程残るウイスキーグラス片手に、不意に顔を近づけてきた。

完璧な形の唇が、触れるか触れないかのギリギリで止まり、吐息が耳を撫でる。


(みお)の唇すげえエロい。食い尽くしてえ」

「は?真顔で何言ってんの。キモイわ酔ってんの?」


めいっぱい右腕を伸ばし悠を遠ざける。背中がゾクっと震えたのを、言葉で誤魔化しひた隠しながら。

バーの薄暗い照明による陰影にますます引き立てられた顔が、くく、甘美な笑みを浮かべた。


「俄然シラフだわ。なあ、2人きりになれるとこ行かね?」

「ムリ」

「なあ、マジで澪を抱きたい。抱き潰したい」

「顔がいいからって何言っても許されると思うなよ」

「澪のその気の強さも好みだわ」

「残念だったわね。わたしはあんた、好みじゃないの」


好みじゃないなんて、どの口が。


ぴくり、眉根を寄せ怪訝な顔をした悠。あんたのその顔面なら、不本意でしょうね。


「艶々な暗髪」

するり、こめかみに伸びてきた人差し指が、ほんの少し髪の毛をすくう。耳の縁、ご丁寧に小ぶりなピアスもなぞり、そのまま鎖骨下10センチ辺りの毛先までをゆっくり滑る。


「澪お前、綺麗超えて美しいな。下ろしてる髪似合いすぎ。いつものひとつに縛ってるのも好きだけど」

「ねえ今日なんなの?急な豹変やめてよ、調子狂う」

「それな。自分がバグってる自覚ある。けど止まんねえ」


この見目麗しい男との出会いはちょうど2週間前の今日。金曜の22時過ぎ。

今日で会うのは、3度目だ。


同僚と飲んだあと、もう少しだけ飲みたくて、1人でふらりと入ったバーだった。



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