ぶーってよばないで!
【羽田空港国際線ターミナル】
お待たせいたしました。
全日空205便ウィーン国際空港行きにご搭乗のお客様、ただ今、28番ゲートよりご搭乗を開始いたしました。
「周ちゃん、ウィーンへ行っても元気でね!」
「真瑠璃ちゃん、僕大丈夫かな?不安だよ…。」
「大丈夫!周ちゃんならしっかりやれる!」
「あーん、真瑠璃ちゃん。」
「私が、パワーを授けよう!えい!」
私は、そっと周ちゃんの手を取った。
大きな手。
この手から奏でるピアノの音色は、これから世界中の人たちを幸せにしていく。
「これは?」
「周ちゃんにプレゼントだよ!」
「可愛い!」
私が周ちゃんにプレゼントしたものは、私と周ちゃんと瑛里に似せた手作りぬいぐるみキーホルダー。とても上出来とは言えないキーホルダーだけれど、周ちゃんへの感謝の気持ちを込めて一生懸命作った!
「周ちゃん。私、あれからずっと考えたよ。周ちゃんのこと。」
「うん。」
「私は、周ちゃんのことが大好き!」
「本当に⁉︎」
「でもね、それは周ちゃんのことをピアニストとして、同級生として大好きな気持ち。」
「……。」
「だから、これからもずっと、同じ仲間として仲良くしてもらえたら嬉しい!だめかな…。」
周ちゃんへの素直な私の気持ち。
もしかしたら、周ちゃんのことを傷つけてしまうかもしれないけれど、でも、これが私の素直な気持ち。
「真瑠璃ちゃん、ありがとう!僕が出発するまでにお返事くれたんでしょ?」
「うん。私、周ちゃんがいなくなるってわかってから、ずっとずっと周ちゃんのことを考えたんだ。」
「ありがとう。」
「周ちゃん!ずっと、ずっと仲間でいてね!」
「僕からもお願いします!ずっと、ずっと真瑠璃ちゃんは僕の大切な仲間さ!」
「ありがとう!」
周ちゃんの目に溢れる涙…周ちゃんを悲しませてごめんね。
でも、私たちずっとずーっと、大切な仲間だよ!
「周司さん、そろそろ行きましょうか?」
「本宮先生!リオン先生!」
「真瑠璃さん、周司さんお預かりいたしましたよ。きっと立派なピアニストになって、日本へ戻ってくるわね!それまで、真瑠璃さんも日本で一生懸命頑張っていてね!」
「はい!」
周ちゃんの鞄で揺れる、私と瑛里と周ちゃんのぬいぐるみ。私たちの夢をのせて、世界へ羽ばたいてね!
こうして、周ちゃんはウィーンへ旅立った。
ずっと応援しているよ!周ちゃん!
「あれ?ぶー!周司は?」
「瑛里!ちょっと!もう、旅立ったよ!嘘でしょ⁉︎」
「ええ⁉︎こっちが嘘でしょ⁉︎周司の奴!逃げたな‼︎」
ムッとする瑛里。
なんでこんな大切な日に遅刻するのよ。
「そうそう、これ。周ちゃんから預かったよ。」
「周司から?」
周ちゃんから預かったのは、瑛里宛の一通の手紙。
可愛い封筒に入った手紙、周ちゃんらしい瑛里へのプレゼント。
 
瑛里ちゃんへ
今まで僕と仲良くしてくれてありがとう。
瑛里ちゃんのピアノはとても素敵だよ。
僕は瑛里ちゃんのピアノが大好きだよ。
今までのように口喧嘩できなくなるのが寂しいけれど、また日本に戻った時には口喧嘩しようね。
 
追伸・いい加減、真瑠璃ちゃんのことを、ぶーって呼ばないで!  
                     京田周司より
 
「周司の奴……。」
くすっと笑う瑛里の目に光るものが…。
周ちゃんとのお別れは、あっけなくやってきた。
いつもそばで切磋琢磨していた周ちゃん。三人で過ごした三年間は、心の中でこれからも生き続ける。
瑛里もきっと、同じ気持ちだよね!
「手紙、なんて書いてあったの?」
「秘密!」
「え〜秘密なの?」
周ちゃんからの手紙を、大切そうに鞄にしまう瑛里。
瑛里と周ちゃんの口喧嘩も、しばらくお預けだね。
「帰ろ……瑠璃ちゃん。」
「え⁉︎」
「だから!帰ろ、瑠璃ちゃん。」
隆也と一緒にいない時に『瑠璃ちゃん』って呼んでくれるのは何年振りだろう。
嬉しい!
「そうだ、瑛里!プリクラ撮って帰ろ!」
「えー⁉︎いいの?やったね!ぶーと一緒にずっと撮りたかったんだ!」
「瑠璃ちゃんから、ぶーに戻ってる!」
私たちの高校生活は、静かに幕を閉じた。
周ちゃんのいない街は、やっぱりどこか寂しい。
でも、私たちの青春は色褪せることなく続いていく。
私たちはこれからもずっとずっと最高の仲間!
またいつだって会えるよ。
「ぶー、早く行こ!」
「だから!人の話きいてる?何度言ったらわかるの?」
「何が?」
「だから!ぶーって呼ばないで!」
              
               
               おしまい


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