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東みらい市内のショッピングセンターMIRAI 音声付き防犯カメラの映像
以下の記録は、東みらい市内のショッピングセンター、そのフードコートでの、音声付き防犯カメラの映像を、ぼくが入手し、文字お越ししたものである。
こちらは個人的な調査で、収集したもの。
インターネットなどに、アップするつもりはなし。
あくまで、ぼくが『知る』ための記録である。
だが、万が一これを文字お越しすることによって、何らかの怪奇現象が発生した場合は例外とする。
もしぼく以外の人間などに被害がおよんだ場合は、証拠隠滅のため、この記録は消去するものとする。
※ この記録内では、映像だけでは判別できないところまで、書き起こされている。
けれどこれは、ぼく独自の取材によって、確証を得られたので、記録した。
なお、独自の取材方法についての問い合わせには、応えることはできない。
■
東みらい市内のショッピングセンター『MIRAI』。
どこにでもあるふつうのショッピングモール。
そして、ふつうのフードコート。
角ばったテーブルとイス。作り物の植物や花がところどころに飾られ、壁にはモール内のお知らせポスターが貼られている。
フードコート内には、おなじみのチェーン店が並んでいるが、どこかもの悲しげだ。
なぜなら、客はふたりのみだったから。
MIRAIは、最近できた大型のショッピングモールにお客さんをとられてしまっていた。
中学二年生くらいの、男ふたり組。
大きめのピザとコーラが、ふたりの前に置かれている。
ふたりはグラスをかかげ、黒髪のほうが「カンパイ!」というと、メガネをかけたほうが「かんぱーい」と返した。
黒髪のほうは雨宮といい、メガネをかけているほうは瑞城というらしかった。
中学にあがるとき、瑞城は親のつごうで市外に引っ越してしまったので、ふたりは久しぶりの再会らしく、しばらくおたがいのことを報告しあった。
「どうだ、久しぶりのMIRAIのピザは、瑞城。一年ぶりとはいってもさ、すでに懐かしいんじゃないかー? ここのフードコートで、よくふたりでしゃべったよなー。おれたち、親ぐるみでの付きあいだったもんな」
「ああ、とてもうまいよ」
「だろ。やっぱ食い慣れたものってうまいよな。おれも高いラーメンよりカップ麺のほうがすきだもん」
「雨宮。お前、おれがどこに引っ越したのか、知ってたっけ」
ブーブー、とブザーが鳴る。
テーブルの上で、呼び出しベルの振動が響いた。
「あ……頼んでたもん、取ってくる」
久しぶりの再会にピザだけではさみしいと、追加で注文していたものをピザ屋に取りに行く。
なんだか、瑞城のようすがおかしいような気がする。
会えていなかった期間が長いせいかな、と雨宮はピザ屋からトレイを受け取った。
ピリ辛チキンに、もちもちポテト。コールスローサラダ。
すべて雨宮が頼んだものだ。
瑞城にもリクエストを聞いたが、なぜか答えなかった。
「お前、ピリ辛チキンでよかったの? 辛いの苦手じゃなかったっけ」
「すききらいはないから、お前がすきに頼んでいい」
瑞城はそういった。
雨宮は笑いながら、ピザを手に取り、さっそく頬張る。
「えー。なんか会わないうちに、おとなになっちゃってなーいっ? おっとなー」
瑞城は何もいわず、ただ、くちびるをゆるやかにカーブさせていた。
瑞城は、せっかく雨宮が注文したものも、乾杯したコーラにも、いまだに手をつけてはいない。
ボーっとした目で、久しぶりに会う友人をじっとりと見つめるばかりだ。
「おい、瑞城。お前、だいじょうぶ? なんか変じゃない?」
「久しぶりの再会なんだぞ。のんびり飲ませろよ」
「あー、はは。それもそっか。ところでさあ、そっちでの生活はどうなん。いや、そもそも、どこに引っ越したんだっけ。なんで知らないんだろ、ぼく」
「チキンのうまそうなにおいがするなあ」
「……え? えーっと」
「安心するよ。ここでの食事のために、昨日から食事をとっていないんだ。お前とここに来ると決めていたからな。とっても腹が減っているんだ、今のおれは」
「……ええ、そこまで? なら、たくさん食べろよ。ここのピザ、すきだろ?」
「ピザかあ。チキンのほうがうれしいよ、おれは」
「えー。そんなにすきだったっけ、ピリ辛チキン……。お前って甘党じゃなかった?」
「腹が減っているからな。とても、とても」
かなしそうにいう、瑞城。
かなりお腹が減っているらしい。
雨宮は、すでに三ピース目となるピザをかじりついていた。
「なんか、変わったよなー。お前。海外生活で……。そんな、腹ペコキャラだったっけ?」
雨宮は久しぶりに会う瑞城の変わりように、まゆをひそめた。
「このチキンは、ぼくのおごりでいいよ。どんどん食べな。来週には、また帰るんだろ? またここに帰って来るときまで、しっかり味を覚えてろよ」
「雨宮。お前は本当にいいやつだ。忘れないよ。お前のこと」
「大げさなやつだなー。ほら、すきなものからどんどん食べろよ」
瑞城は、泣いているようだった。
久しぶりのMIRAIのピザが、そんなにうれしいんだろうか、。
だが、どこか違和感がある。
こんなにも、腹が減っているといっている瑞城の目の前にあるコーラは、いまだに減っていない。
引っ越してから環境が変わったからか、おとなになったなあと、さっき思ったばかりけれど、食事のマナーまで変わってしまったのか。
「……なあ、瑞城ー。ピザ、冷めるぞ。いい加減、食べろよ」
「ああ、もちろん」
瑞城が笑うと、ぎらりとした犬歯が、フードコートの薄暗い明かりに照らされる。
ぼうっと、白く浮かびあがる犬歯。
人間の犬歯とは、こんなにもぶきみなものだったろうか。
こんなにも、嫌悪感を抱かせるものだったろうか。
引っ越しとは、こんなにも人間を変えてしまうものなのだろうか。
「チキンのにおいは、格別だなあ」
「……ははは。このチェーン店のチキン、絶品だよなー。外はパリッと、なかはジューシーを体現したチキンなんだってよ。大食い動画の受け売りだけど――なあ、食べないの?」
「ああ、間違いなくうまいよ。この鼻がいうんだからな」
「えー、なんか犬みたいなこというー。あはは」
コールスローサラダを食べながら、雨宮はコーラをあおった。
今日は、久しぶりに会う瑞城と、くだらない話で盛りあがる……そんな日になる予定だったのに。
何かが、おかしい。
「なあー。なんでそんな、爪……伸ばしてんの? 服装検査で引っかかんない?」
別に、色んな考えがあっていいと思う。
瑞城なりの考えがあって、爪を伸ばしているなら、雨宮もそれを否定するつもりはないし、むしろ受け入れる態勢でいる。
どんな返事を返されても、対応は変わらない。
だが、あまりにも長すぎやしないか、と思う。
いうなれば、童話に出てくる魔女のような長さの爪なのだ。
これでは、学校の身だしなみ検査で、先生に怒られてしまうだろう。
「なんかさあ……いくらなんでも長すぎん?」
「伸ばしてるんだ」
「……必要なの?」
「わかってるじゃないか。そういうことだ」
どんな理由があるというのだろう。
いくら考えてみても、それらしい理由が思い当たらない。
だが、これ以上、瑞城に爪について聞くことはできなかった。
伸ばしている本当の理由を聞くことを『怖い』と思ってしまうことが、雨宮は恐ろしかった。
瑞城は、友達なのに、そんなことを思ってしまうことが、申し訳なかったのだ。
「なあ、瑞城。お前さ、どこに引っ越したんだっけ……」
「ああ、栄みらい市だよ」
「栄みらい市……そこって、どんな町だっけ。あんまり有名じゃないよな。おれ、小五のときにこのへんに来たじゃん。だから、まだあんま土地勘ないんだよな」
「ここから近いよ。でも、有名ではないかな」
「そこで、なんか……あったの?」
「『何か』、か……。そうか。そうだな。おれ……知ろうとしたんだ」
「え?」
「できうるかぎりのことをつくしたよ。おれは《小さいころに、知ってしまった》から、おれは知る必要がある人間なんだと思った。おれの使命だと思って、すべてのことを解き明かさねばならないと思ったんだ。だから、調べつくした。そして、いよいよ《あの町の真実》を知ることができると思った――だけどな、見事なまでに、やられてしまったよ。《あれを聞いたせい》だ。いっしょにいた、『候補』のやつらも、やられてしまった。おれのせいだ」
「むしうたって……? や、やられた……って、どーゆーこと?」
「死んだということだよ」
雨宮の、ピザに向かう手が、止まった。
まさか、瑞城からそんな話を聞くとは、夢にも思わなかったのだ。
「いや、まじ?」
「気にしなくていい。死んだものは、無駄にしないさ」
「いやいや、そういう話じゃなくてさ。お前がそんなことになってたなんて、ぜんぜん知らんかった。なんで、いってくんなかったんだよ」
「それにしてもさ」
「おい、聞けって」
「うまそうだな」
瑞城が、チキンを見つめている。
いや、違う。
どこを見ているんだ。
それは、深い深い闇の底のような、黒い瞳だった。
昔みたいな目の輝きは、もうそこにはなかった。
――ガタッ
瑞城が、イスから立ちあがった。
その目は、直立不動で、瑞城は虚空を見つめている。
「黄色い、黄色い……黄色くて、黄色くて、きいろおい、あああっ」
瑞城が突然、頭を抱え、床に転がりこんだ。
ごろごろと床を転げまわり、イスやテーブルにぶつかりながら、暴れまわる。
「おいっ。瑞城……っ?」
「ああああああっ、黄色のあれが、あれのせいでっ……!」
「瑞城! どうしたんよ! なあっ」
雨宮は、苦しそうにうめく瑞城をようやく起こすが、今度は腕を振り回し、ガタン、ガタン、と店中のものをなぎ倒していく。
フードコートの店員を呼ぼうとしたとき、ピザ屋から店長らしき年齢の男性が出てきた。
「お客さん。どうされました」
「す、すみません。ぼくにもわからなくて。突然、苦しそうにしだして」
「そうですかあ」
申し訳なさそうに、雨宮は頭を下げた。
店員のネームプレートには、やはり『店長』と書かれていた。
救急車を呼ぶんだろうか。
隊員の人に、どう説明すればいいだろうと、雨宮は瑞城を見つめる。
血の気の引いた真っ青の顔。
さっきまでいっしょにしゃべっていたのに。
しかし、店長はいっこうに、どこかへ連絡するようすはなかった。
ジッと瑞城を見下ろし、ジロジロと観察しているだけだった。
「あの……?」
「あれを聞いたのかあ」
「え?」
「そりゃあ、こんなんにもなっちまうわなあ」
「……あれって、なんのことですか」
「お前さん、ここの町の生まれじゃないのか」
「……はい?」
「どこの生まれ?」
「えっと……ここです。東みらい市です」
「そりゃあ、恵まれてるなあ」
「……あの、瑞城はいったいどうしたんですか。店長さん、知ってるんですか」
「彼は、逃げたんだろうなあ。あの町から」
「え?」
「だから、こんなんなっちまった。見てごらん。爪が長いだろ。こんなことまで信じて、かわいそうに。これをやって逃げられると信じられていたのは、昭和時代のはじめまでだってのに……」
「……ええ……?」
「あの町、まだ屋台で客引きしてんだろうね。彼の家族も、それに魅かれて引っ越したんじゃねえのかな。でも、『蟲歌』に選ばれるだけだ。逃げらんねえよ、ははは……」
店主は、ふきだすように笑い出した。
栄みらい市の屋台の話は、たしかに聞いたことがある。
小さな市だけれど、常に駅前に屋台を出している変わった町だそうだ。
「そんなことより、どうして瑞城がこんなことになってしまったのかを教えてくださいよ」
「……わからねえのか。知らねえほうがいいって、いってんだよ」
そのまま救急車も警察も呼ばれることなく、瑞城は店長が引き取ることになった。
雨宮は、何もかもわからないまま、家に帰ったようだ。
■
防犯カメラの映像は、ここで途切れている。
ショッピングセンターMIRAIは、この数日後に、つぶれてしまった。
現在、瑞城とピザ屋の店長は、行方不明となっている。
雨宮の住所は特定できているが、まだ連絡はとってはいない。
わたしの記録は、以上となる。
こちらは個人的な調査で、収集したもの。
インターネットなどに、アップするつもりはなし。
あくまで、ぼくが『知る』ための記録である。
だが、万が一これを文字お越しすることによって、何らかの怪奇現象が発生した場合は例外とする。
もしぼく以外の人間などに被害がおよんだ場合は、証拠隠滅のため、この記録は消去するものとする。
※ この記録内では、映像だけでは判別できないところまで、書き起こされている。
けれどこれは、ぼく独自の取材によって、確証を得られたので、記録した。
なお、独自の取材方法についての問い合わせには、応えることはできない。
■
東みらい市内のショッピングセンター『MIRAI』。
どこにでもあるふつうのショッピングモール。
そして、ふつうのフードコート。
角ばったテーブルとイス。作り物の植物や花がところどころに飾られ、壁にはモール内のお知らせポスターが貼られている。
フードコート内には、おなじみのチェーン店が並んでいるが、どこかもの悲しげだ。
なぜなら、客はふたりのみだったから。
MIRAIは、最近できた大型のショッピングモールにお客さんをとられてしまっていた。
中学二年生くらいの、男ふたり組。
大きめのピザとコーラが、ふたりの前に置かれている。
ふたりはグラスをかかげ、黒髪のほうが「カンパイ!」というと、メガネをかけたほうが「かんぱーい」と返した。
黒髪のほうは雨宮といい、メガネをかけているほうは瑞城というらしかった。
中学にあがるとき、瑞城は親のつごうで市外に引っ越してしまったので、ふたりは久しぶりの再会らしく、しばらくおたがいのことを報告しあった。
「どうだ、久しぶりのMIRAIのピザは、瑞城。一年ぶりとはいってもさ、すでに懐かしいんじゃないかー? ここのフードコートで、よくふたりでしゃべったよなー。おれたち、親ぐるみでの付きあいだったもんな」
「ああ、とてもうまいよ」
「だろ。やっぱ食い慣れたものってうまいよな。おれも高いラーメンよりカップ麺のほうがすきだもん」
「雨宮。お前、おれがどこに引っ越したのか、知ってたっけ」
ブーブー、とブザーが鳴る。
テーブルの上で、呼び出しベルの振動が響いた。
「あ……頼んでたもん、取ってくる」
久しぶりの再会にピザだけではさみしいと、追加で注文していたものをピザ屋に取りに行く。
なんだか、瑞城のようすがおかしいような気がする。
会えていなかった期間が長いせいかな、と雨宮はピザ屋からトレイを受け取った。
ピリ辛チキンに、もちもちポテト。コールスローサラダ。
すべて雨宮が頼んだものだ。
瑞城にもリクエストを聞いたが、なぜか答えなかった。
「お前、ピリ辛チキンでよかったの? 辛いの苦手じゃなかったっけ」
「すききらいはないから、お前がすきに頼んでいい」
瑞城はそういった。
雨宮は笑いながら、ピザを手に取り、さっそく頬張る。
「えー。なんか会わないうちに、おとなになっちゃってなーいっ? おっとなー」
瑞城は何もいわず、ただ、くちびるをゆるやかにカーブさせていた。
瑞城は、せっかく雨宮が注文したものも、乾杯したコーラにも、いまだに手をつけてはいない。
ボーっとした目で、久しぶりに会う友人をじっとりと見つめるばかりだ。
「おい、瑞城。お前、だいじょうぶ? なんか変じゃない?」
「久しぶりの再会なんだぞ。のんびり飲ませろよ」
「あー、はは。それもそっか。ところでさあ、そっちでの生活はどうなん。いや、そもそも、どこに引っ越したんだっけ。なんで知らないんだろ、ぼく」
「チキンのうまそうなにおいがするなあ」
「……え? えーっと」
「安心するよ。ここでの食事のために、昨日から食事をとっていないんだ。お前とここに来ると決めていたからな。とっても腹が減っているんだ、今のおれは」
「……ええ、そこまで? なら、たくさん食べろよ。ここのピザ、すきだろ?」
「ピザかあ。チキンのほうがうれしいよ、おれは」
「えー。そんなにすきだったっけ、ピリ辛チキン……。お前って甘党じゃなかった?」
「腹が減っているからな。とても、とても」
かなしそうにいう、瑞城。
かなりお腹が減っているらしい。
雨宮は、すでに三ピース目となるピザをかじりついていた。
「なんか、変わったよなー。お前。海外生活で……。そんな、腹ペコキャラだったっけ?」
雨宮は久しぶりに会う瑞城の変わりように、まゆをひそめた。
「このチキンは、ぼくのおごりでいいよ。どんどん食べな。来週には、また帰るんだろ? またここに帰って来るときまで、しっかり味を覚えてろよ」
「雨宮。お前は本当にいいやつだ。忘れないよ。お前のこと」
「大げさなやつだなー。ほら、すきなものからどんどん食べろよ」
瑞城は、泣いているようだった。
久しぶりのMIRAIのピザが、そんなにうれしいんだろうか、。
だが、どこか違和感がある。
こんなにも、腹が減っているといっている瑞城の目の前にあるコーラは、いまだに減っていない。
引っ越してから環境が変わったからか、おとなになったなあと、さっき思ったばかりけれど、食事のマナーまで変わってしまったのか。
「……なあ、瑞城ー。ピザ、冷めるぞ。いい加減、食べろよ」
「ああ、もちろん」
瑞城が笑うと、ぎらりとした犬歯が、フードコートの薄暗い明かりに照らされる。
ぼうっと、白く浮かびあがる犬歯。
人間の犬歯とは、こんなにもぶきみなものだったろうか。
こんなにも、嫌悪感を抱かせるものだったろうか。
引っ越しとは、こんなにも人間を変えてしまうものなのだろうか。
「チキンのにおいは、格別だなあ」
「……ははは。このチェーン店のチキン、絶品だよなー。外はパリッと、なかはジューシーを体現したチキンなんだってよ。大食い動画の受け売りだけど――なあ、食べないの?」
「ああ、間違いなくうまいよ。この鼻がいうんだからな」
「えー、なんか犬みたいなこというー。あはは」
コールスローサラダを食べながら、雨宮はコーラをあおった。
今日は、久しぶりに会う瑞城と、くだらない話で盛りあがる……そんな日になる予定だったのに。
何かが、おかしい。
「なあー。なんでそんな、爪……伸ばしてんの? 服装検査で引っかかんない?」
別に、色んな考えがあっていいと思う。
瑞城なりの考えがあって、爪を伸ばしているなら、雨宮もそれを否定するつもりはないし、むしろ受け入れる態勢でいる。
どんな返事を返されても、対応は変わらない。
だが、あまりにも長すぎやしないか、と思う。
いうなれば、童話に出てくる魔女のような長さの爪なのだ。
これでは、学校の身だしなみ検査で、先生に怒られてしまうだろう。
「なんかさあ……いくらなんでも長すぎん?」
「伸ばしてるんだ」
「……必要なの?」
「わかってるじゃないか。そういうことだ」
どんな理由があるというのだろう。
いくら考えてみても、それらしい理由が思い当たらない。
だが、これ以上、瑞城に爪について聞くことはできなかった。
伸ばしている本当の理由を聞くことを『怖い』と思ってしまうことが、雨宮は恐ろしかった。
瑞城は、友達なのに、そんなことを思ってしまうことが、申し訳なかったのだ。
「なあ、瑞城。お前さ、どこに引っ越したんだっけ……」
「ああ、栄みらい市だよ」
「栄みらい市……そこって、どんな町だっけ。あんまり有名じゃないよな。おれ、小五のときにこのへんに来たじゃん。だから、まだあんま土地勘ないんだよな」
「ここから近いよ。でも、有名ではないかな」
「そこで、なんか……あったの?」
「『何か』、か……。そうか。そうだな。おれ……知ろうとしたんだ」
「え?」
「できうるかぎりのことをつくしたよ。おれは《小さいころに、知ってしまった》から、おれは知る必要がある人間なんだと思った。おれの使命だと思って、すべてのことを解き明かさねばならないと思ったんだ。だから、調べつくした。そして、いよいよ《あの町の真実》を知ることができると思った――だけどな、見事なまでに、やられてしまったよ。《あれを聞いたせい》だ。いっしょにいた、『候補』のやつらも、やられてしまった。おれのせいだ」
「むしうたって……? や、やられた……って、どーゆーこと?」
「死んだということだよ」
雨宮の、ピザに向かう手が、止まった。
まさか、瑞城からそんな話を聞くとは、夢にも思わなかったのだ。
「いや、まじ?」
「気にしなくていい。死んだものは、無駄にしないさ」
「いやいや、そういう話じゃなくてさ。お前がそんなことになってたなんて、ぜんぜん知らんかった。なんで、いってくんなかったんだよ」
「それにしてもさ」
「おい、聞けって」
「うまそうだな」
瑞城が、チキンを見つめている。
いや、違う。
どこを見ているんだ。
それは、深い深い闇の底のような、黒い瞳だった。
昔みたいな目の輝きは、もうそこにはなかった。
――ガタッ
瑞城が、イスから立ちあがった。
その目は、直立不動で、瑞城は虚空を見つめている。
「黄色い、黄色い……黄色くて、黄色くて、きいろおい、あああっ」
瑞城が突然、頭を抱え、床に転がりこんだ。
ごろごろと床を転げまわり、イスやテーブルにぶつかりながら、暴れまわる。
「おいっ。瑞城……っ?」
「ああああああっ、黄色のあれが、あれのせいでっ……!」
「瑞城! どうしたんよ! なあっ」
雨宮は、苦しそうにうめく瑞城をようやく起こすが、今度は腕を振り回し、ガタン、ガタン、と店中のものをなぎ倒していく。
フードコートの店員を呼ぼうとしたとき、ピザ屋から店長らしき年齢の男性が出てきた。
「お客さん。どうされました」
「す、すみません。ぼくにもわからなくて。突然、苦しそうにしだして」
「そうですかあ」
申し訳なさそうに、雨宮は頭を下げた。
店員のネームプレートには、やはり『店長』と書かれていた。
救急車を呼ぶんだろうか。
隊員の人に、どう説明すればいいだろうと、雨宮は瑞城を見つめる。
血の気の引いた真っ青の顔。
さっきまでいっしょにしゃべっていたのに。
しかし、店長はいっこうに、どこかへ連絡するようすはなかった。
ジッと瑞城を見下ろし、ジロジロと観察しているだけだった。
「あの……?」
「あれを聞いたのかあ」
「え?」
「そりゃあ、こんなんにもなっちまうわなあ」
「……あれって、なんのことですか」
「お前さん、ここの町の生まれじゃないのか」
「……はい?」
「どこの生まれ?」
「えっと……ここです。東みらい市です」
「そりゃあ、恵まれてるなあ」
「……あの、瑞城はいったいどうしたんですか。店長さん、知ってるんですか」
「彼は、逃げたんだろうなあ。あの町から」
「え?」
「だから、こんなんなっちまった。見てごらん。爪が長いだろ。こんなことまで信じて、かわいそうに。これをやって逃げられると信じられていたのは、昭和時代のはじめまでだってのに……」
「……ええ……?」
「あの町、まだ屋台で客引きしてんだろうね。彼の家族も、それに魅かれて引っ越したんじゃねえのかな。でも、『蟲歌』に選ばれるだけだ。逃げらんねえよ、ははは……」
店主は、ふきだすように笑い出した。
栄みらい市の屋台の話は、たしかに聞いたことがある。
小さな市だけれど、常に駅前に屋台を出している変わった町だそうだ。
「そんなことより、どうして瑞城がこんなことになってしまったのかを教えてくださいよ」
「……わからねえのか。知らねえほうがいいって、いってんだよ」
そのまま救急車も警察も呼ばれることなく、瑞城は店長が引き取ることになった。
雨宮は、何もかもわからないまま、家に帰ったようだ。
■
防犯カメラの映像は、ここで途切れている。
ショッピングセンターMIRAIは、この数日後に、つぶれてしまった。
現在、瑞城とピザ屋の店長は、行方不明となっている。
雨宮の住所は特定できているが、まだ連絡はとってはいない。
わたしの記録は、以上となる。