あなたの隣で生きていく

新しい日常

久しぶりにあの頃の夢を見た。そういえば小さい頃から一馬は私を助けてくれる王子様だなよ。そう思いながらそっと目を開けると見慣れない天井と薬品の匂いがしてきた。

「小野寺さん気が付きましたか?病院ですよ。わかりますか?」
辺りを見回すとお母さんの心配そうな不安そうな顔が見えた。一体私はどうしたんだろう?

私は階段から落ちた時に頭を打ってしまったらしくて病院に運ばれた。CT検査をしたけど私の脳に異常は見られなかったが一応念の為と入院した。私は朝起きるとなぜ病院にいるのか思い出せなかった。そのため記憶に関する検査をすることになった。その結果……

前向性健忘(ぜんこうせいけんぼう)と言われる記憶障害の1つと診断された。この症状は頭を打ったせいで一時的かもしれないが、いつ治るのかはわからない。もしかしたら一生この状態が続くかもしれないと言われ、その事実を聞いたときには涙が枯れるまで私は泣き続けた。

私は新しい情報や物事を覚えられなくなっている状態で、周りのサポートが必要なのだが一馬にはその事実を知られたくなかった。だから私はお義父さんとお母さんに頼んで内緒にしてもらった。目のことで一馬に迷惑をかけているのにこれ以上は迷惑かけたくなかった。

あの事故から半年……私は毎日を必死に生きている。みんなにバレないように、そして一馬に絶対に知られないように……
相変わらず一馬は私のために迎えにきてくれる。それは一馬のボールが当たってしまって視力低下と視野障害があるからだろう。でもそれにプラスして私には新しい記憶ができない。毎朝リセットされてしまうという新たな障害が加わってしまった。

私の朝は誰よりも忙しい。毎朝やることが多すぎて時間が足りないのだ。まず起きたらスマホや日記を見ることから始める。
私は夜寝ると前日に起きた出来事をすっかり忘れてしまう。記憶が事故前にリセットされてしまうのだ。だから寝る前に必ずスマホやメモにその日一日の出来事を残したものを日記に書き留める。そして翌朝にそれを読み返して復習することで毎日の記憶をつなぎとめている状態を半年間も続けてきた。でもそれも限界なのかもしれない……

「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。蛍、一馬くん」

お母さんに見送られて私たちはいつも通り手を繋いでバス停に向かった。
あの日以来、私は階段を降りられなくなってしまった。その時の記憶は曖昧なのに階段の前に行くと足がすくんで動けなくなってしまう。学校は教室が2階なのだが特別にエレベーターを使わせてもらっている。病院の先生は一種のトラウマみたいなものだから心配ないと言ってくれたが結局いつもより少し早く家を出ないといけなくなったのに一馬は私に付き合ってバス通学をしてくれている。

「蛍、今日の英語のテストちゃんと勉強したか?」
バスの中で聞かれて、えっ?と声に出してしまった。
「お前、また忘れたのか?ったく、だから昨日一緒に勉強しようって言っただろ」
「ごめん、ごめん……用事があったんだもん。でもどーしよー全く勉強してなかったよーかずまぁ〜」
私が半泣きで訴えるといつものように頭をポンポンしながら
「じゃあ後で範囲教えてやるよ。それにテストは5時間目だからなぁ〜あぁそうだ!昼休みに一緒に勉強するか」
そう言われて私は大きく頷いた。

そういえば英語のテストとメモに書いていたのを朝、読んだ記憶がある。新しいことを覚えられない私にとって勉強は苦痛でしかなかった。せっかく覚えたことも翌朝には忘れて高校2年の春に巻き戻っている。それでも必死に頑張っているのは、1日でも長く一馬の隣で彼女のフリをしていたいから。だから毎日を今はただ、必死に生きている。
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