すべてはあの花のために⑤
――【二重人格者】と、そう呼ばれる者なのでしょう。
「と言っても、ちょっと癖のある二重人格なんです。実はわたしもよくはわかっていなくて。二重人格ではありますが、きっとそれももうすぐなくなると思います」
――もうすぐ、主人格は消えるでしょうから。
「……どういうこと」
シランの声は、怒りに満ちていた。
「シランさんが初めて会った時の『わたし』になる、ということです」
「なら今が主人格ということだね」
「そうですね。一応は」
「一応……?」
「よくわからないんです。こちらが本当のわたし。それは確かですが、求められるのは違う『わたし』ですから。……家は、早くわたしが消えることを望んでいるので」
葵の不安に、彼の纏う空気がすっと研ぎ澄まされた。
「もう一人の『わたし』が生まれたきっかけは、紛う方なく両親がきっかけでしょう。けれど、もう一人の『わたし』が生まれないと、きっとわたしは暗くて冷たい海の中で、息絶えていました」
新しい家に拾われても、何度死のうと思ったかわからない。そもそも数えようとは思わなかった。
でも、その度にもう一人の『わたし』に助けられたのは事実。『死んでたまるか』と、その度に産声のように叫び声を上げた。
「拾ってくださったお二人も、情緒不安定なわたしを気遣っていつもやさしく接してくださいました。おかげでもう一人の『わたし』が暴れることは無くなりましたし。……けれど、完全に消えたわけではありません。それがわたしと『赤』との契約ですから」
葵はサクラの墓の向こう――果てしなく広い海を静かに見つめた。
「……葵ちゃん。君の本名は」
「それは言えないんです。赤との契約ですので」
「何その赤って。もう葵ちゃんは生きると決めているんでしょう? だったら赤は必要ないじゃないか」
「……恐らく契約違反をすれば、直ちにわたしは消えてなくなるでしょうね」
シランは息をのんだ。
「わたしはただの『あおい』です。【太陽】を取られてしまった、蕾のまま枯れる花の名前です」
「あおい、ちゃん……」
「……赤は、わたしから太陽を奪う際、こう言いました」
『あなたから太陽をもらう代わりに、あなたの命を助けてあげる』
『けれど大人になるまでに、この契約の秘密を言わなかった誰かにわたしの本当の名前を呼んでもらうこと』
『もし、呼んでもらないまま大人になったら。呼んでもらえないまま、名字が変わったら……婚姻したら』
「どうやらわたし、赤にこの体を奪われてしまうみたいなんですよね」