すべてはあの花のために⑦

『あなた、お名前はなんていうの?』


 ある時、少女にそう尋ねられた。


『……えっと……』

『それも言えないんだね』

『ご。ごめんね』


 自分の本当の名前は言えなかった。それは絶対に。
 花咲だった頃の名前が一番好きだ。でも、今は違う。道明寺? こんな名前、今すぐにでも捨ててしまいたい。言えないんじゃなくて、言いたくない。

 葵は、ただ少女に謝ることしかできなかった。
 でもそう言ったら、少女が手を合わせて笑ってくれる。


『だったら、ハナちゃんって呼ぶ』

『え?』


 うんうんと、いい名前を付けた的な顔をして頷いている。


『ど、どうしてハナ……?』

『いつもお花に囲まれてるから。だから、ハナちゃん?』

『はな、ちゃん……』

『違うのだったら、泣き虫があるよ?』

『ぜひハナでお願いしたい……』


 なんだ、名前が泣き虫って。そのままじゃないか。


『……いや、だった?』

『ううんっ。うれしい! あなたは? なんて呼んだらいい?』


 そう言うと、少女は黙ってしまった。


『……あなたも、言えないの?』

『うん。ごめんね』

『だったら、なんて呼んだらいいかな?』

『何でもいいよ。ハナちゃんが好きなように呼んで?』


 だったら、自分も素敵な名前を付けてもらったから、いい名前を付けてあげたい。


『……じゃあ、サンちゃんなんてどう?』

『え。テレビに出てきそうな芸人さんみたい……』

『え? そうなの?』

『知らないの?』

『うん。あんまりテレビとか、見たことってなくって』

『……そうなんだ』


 葵は、どうしようかなと思った。悩みに悩んだ末に出した名前は。


『じゃあ、ルニちゃん。そう呼んでもいい?』

『え』


 だめだったか。


『……いや、だった? じゃあ違うので』

『ううん。嫌じゃないけど、なんでかなって思って』


 首を傾げている少女に、葵はふんわりと笑って答えた。


『あのね? あなたと初めて会った時、おひさまみたいだなって思ったの』

『え? お、おひさま? ……あ、あたしが?』

『うん。……ちょうど見上げた時、おひさまが後ろだったから、とってもキラキラして見えたの!』

『そ、そう……』

『わたしね? おひさまがだいすきなの』

『ふーん』

『……でもいま、自分のおひさま、無くなっちゃってて』

『え? ……ど、どういうこと?』


 少女がそう聞いてくるけど、葵は苦笑いしかできなかった。


『ちょっと、わけがあってね? ……ヒマワリって、太陽の花でしょ? ヒマワリはわたしのお花なの』

『??』

『でも、おひさま無くなっちゃったから。お花、咲かないの』

『……よく、わかんない』


 難しそうな顔をする少女に、葵は『ごめんね』と断りを入れる。


『おひさまみたいなあなたに、わたしのお花の名前をあげたいの』

『…………』

『わたしが大好きなおひさまの、わたしのお花の名前。ヒマワリはロシア語で、パトソールニチニクって言うの』

『へ? ぱ、と……?』

『そこからとってルニちゃん。どうどう?』


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