歪んだ月が愛しくて1

火種、再発




◆◆◆◆◆





酷く冷たい雨。
空を覆い尽くす曇天から落とされる雨粒が容赦なく身体を濡らす。



殴り、倒れ込む音。

何かが割れて飛び散る破片。

低く唸るような呻き声。



耳を塞ぎたくなるような騒動は止む術を知らず人気のない繁華街の裏路地に響き渡る。
握り締めた拳が擦り切れ真っ白のシャツを鮮血に染めても地面に這う誰かが「止めてくれ」と懇願してもその行為は止まらなかった。



長く続いた騒動が漸く静まった時、そこに立っていたのは人工的な銀髪に赤メッシュの男だけだった。
傍らには2本の松葉杖が無造作に捨てられていた。
その腕からは雨と混じった真っ赤な液体がポタポタと地面に滴り落ちる。
自分のものか相手のものかそれすらも分からない。
しかしそれは銀髪赤メッシュ男にとって取るに足りないことだった。



「……やり過ぎ」



裏路地に響く聞き慣れた声に銀髪赤メッシュ男が顔を上げる。
声の主は真っ黒な傘で顔を隠していたが、その風貌と声色ですぐに誰だか分かった。

 

「よお、シキか。久しぶりじゃん」

「退院早々それ?」

「そのせいで身体が鈍っちまったから解してたんだよ」

「それなら程々にしてよ。誰がこの後始末をすると思ってんの?」

「程々じゃんよ。これくらいで済んでコイツ等も良かったでちゅねぇ〜」

「はぁ…」



シキは呆れて物が言えなかった。
それでも興奮が治まらない銀髪赤メッシュ男は執拗にシキに絡んだ。



「ああ、ダメだ全然ダメ。全然足りねぇよ。フラストレーション溜りまくり」

「そりゃ半年以上入院してたらね」

「どうにかしてくれよシキちゃ〜ん」

「気持ち悪い。女なら何人か来てたけど」

「女ぁ〜?まあ、今日はそれで我慢すっか…」

「ならとっとと支度して。車で来てるんだから」

「お、気が利くじゃん」

「シートが汚れるから新しい服に着替えて。車で待ってる」

「へいへい」



銀髪赤メッシュ男はシキから真新しい服を受け取ると、ここが外だと言うことも忘れて着替え始めた。



「それと、」



シキは裏路地から大通りに向かって歩いた。

すると何かを思い出したようにピタッと足を止めた。



「見つけたぞ」



途端、銀髪赤メッシュ男は着替えの手を止めた。



「一応報告して置く。でもこれ以上やったら入院くらいじゃ…」

「くっ、くく!あはははっ!」



シキはギョッとした。
そして自分の安易な発言に深く後悔した。



「愚問だなぁ。今更分かりきったこと聞くなよ」

「……止めても無駄か」

「掴んだ情報は全部寄越しな。アイツは俺の獲物だ」



銀髪赤メッシュ男は血の滴る真っ赤な手で自身の髪を掻き上げ卑しい口元を歪ませて妖艶に笑った。
掻き上げた前髪の隙間から覗く古傷が勲章のように額に刻まれていた。










「待ってろよぉ、―――白夜叉(しろやしゃ)


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