本当の愛を知るまでは
「花純、お疲れ様。もう仕事終わった?」
「はい。光星さんは?」
「もうちょい」
「じゃあ、臼井さんのお手伝いして待ってますね」

終業後に光星のオフィスにやって来た花純は、キッチンにいる臼井を手伝って夕食の準備をする。
テーブルに並べたところで、光星も仕事を終えて席に着いた。

「臼井、あとはいいから今夜はもう上がってくれ」
「はい。お邪魔虫は失礼いたします」

真顔で頭を下げる臼井に、花純はアタフタする。

「臼井さん、お料理をこんなにたくさん、ありがとうございました」
「いいえ。森川さん、社長のことをよろしくお願いします」
「はい、承知しました」
「どうぞ末永く」

はい?と聞き返す花純に構わず、臼井は部屋を出て行った。

「花純、早速食べようか」
「はい、いただきます。臼井さん、光星さんの身体を気遣って、ずっと和食を作ってくれてるんですね。完璧な奥さんみたい」

ふふっと笑う花純に、光星は複雑な心境になる。

(奥さん……。花純にとって、結婚はまだ考えられないのか?)

お試しではなく、本当の恋人同士にはなれたと思う。
だが、恋愛と結婚は別だという花純の考え方は、まだ変わっていないのだろうか。

すると花純が手を止めて、「光星さん?」と顔を覗き込んできた。

「どうかした? ひょっとして傷が痛みますか?」
「いや、大丈夫だ」
「……ごめんなさい。私のせいで、光星さんに傷あとが残ってしまって」

ガーゼで覆われた光星の額の傷は10cmにおよび、完全には消えないらしかった。

「これくらいどうってことない。そのうち目立たなくなるし、生え際だから前髪で隠れる。それにこれは、花純を守った男の勲章だよ」
「光星さん……」
「ケガをしたのが花純じゃなくて、本当に良かった。あの時、車で取引先から戻って来て駐車場からロビーに入ったところだったんだ。杉崎さんの姿が見えて、気になって外に出た。花純が危ないと分かったら、反射的に身体が動いてた。余裕がなくて倒れ込んでごめん。花純のすり傷は治った?」

光星は手を伸ばし、花純の腕に触れる。

「こんなの、もう全然平気」
「そうか。良かった、綺麗な花純の身体に傷あとが残らなくて」

優しく微笑む光星に、花純の目は涙で潤んだ。

「花純、もう悲しまなくていい。俺は花純を、いつも笑顔にさせたいんだ」
「はい、ごめんなさい」

花純は慌てて指先で涙を拭う。
光星は少し考えあぐねてから、思い切ったように口を開いた。

「花純、しばらく俺のマンションで暮らしてくれないか?」
「えっ、私が光星さんのマンションで?」
「ああ。そろそろ自宅に戻ろうと思ってるんだ。花純がそばにいてくれたら、助かるんだけど……。やっぱり、嫌か?」
「ううん、そんなことない。そうよね、自分の部屋が一番いいものね。分かりました。家事は私がやりますから、光星さんはゆっくり休んで」
「ありがとう。じゃあ、明日仕事が終わったら車で帰ろう。途中、花純のマンションに寄るから、荷物をまとめておいて」

はい、と返事をしたものの、花純は早くもドキドキと緊張感に包まれる。
食事のあと食器洗いを済ませると、花純は早めに帰ることにした。

「じゃあ光星さん、また明日」
「車で送るよ」
「ううん、大丈夫。お仕事まだ残ってるんでしょ? 早く終わらせてしっかり休んでね」
「ありがとう。おやすみ、気をつけて」

光星は花純を抱き寄せて、優しくキスをした。
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