十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
「でも……正直なところ、私、あなたから避けられているというか、持てあまされている感じがして……」
「それは本当に、私が至らなかったばかりです」

 ルークは深く頭を下げた。

「あなたとの結婚が叶い浮かれる間もなく、準備に追われました。おまけに伯爵位をもらう予定が男爵位に格下げになり、これではあなたに満足する生活を送らせられないと焦りました。せめてあなたのお心を煩わせるまいと、同衾なども強要せずにいたのですが……その、これから二年も会えなくなると思うとどうしても我慢できなくなり、御身を暴いたことをお詫び申し上げます」
「あ、あの、それは全く問題ないわ。あなたが誘ってくれたおかげで、ディアドラを授かることができたのだし」

 むしろあそこで彼が自分に正直にならなかったら、カミラはディアドラを授かることもルークの本心を知ることもなく、白い結婚を理由に彼を突き放していただろう。

 なるほど、ルークは自分が若くて未熟で、自分のせいでカミラに優雅な暮らしをさせられないことに罪悪感を覚えていたのだ。
 彼が新婚だというのに毎日のように仕事に行っていたのは少しでも早く爵位を上げるためで、屋敷を空けていたのはカミラの心を煩わせないようにという気遣い故だったのだ。

 確かに、彼は不器用で言葉足らずだった。
 だが。

「それにそれを言うなら私だって、うかつなことを言ってはあなたを怒らせてばかりだったわ」
「わ、私があなたの発言で怒ったことなど、一度もありません!」

 なぜか焦った顔でルークが言うので、あれ、とカミラは首をひねる。

「でも初夜のときとか晩餐のときとか、あなたをげんなりさせたわよね」
「初夜のことは、本当に、私が照れやら焦りやらで空回りしただけですのであなたが気に負うことは一つございません、それから、晩餐というのは?」

「あなたは覚えていないかもしれないけれど、二年……じゃなくて十七年前にあなたが遠征に行くと告げた日のことよ。私がせっかくのあなたとの夕食なのだから着替えてきたときのこと」

 カミラが説明すると、ルークは遠い昔のことを思い出すようにしばし黙ってから、「……思い出しました」と呆然と呟いた。

「私はせっかく着飾ってくださったあなたを褒める言葉一つ言えず、的外れな発言をしたのでした……」
「それは、あなたも焦っていたし知らなかったのだからいいわ。ただ……ごめんなさい。その後あなたが厨房でおしゃべりしているのを立ち聞きしてしまったの」
「私が、何か言っていましたか?」
「その、私のドレスの袖が邪魔とか、もっと考えてほしいとか……」

 さすがにここまでは覚えていないだろうと思いつつ白状するが、ルークの顔色が次第に真っ青になっていった。

「……覚えています。でも、まさか、あなたはそれを聞いて自分のことを悪く言われていると思い、上着を脱いでしまったのですか?」
「……ええ。違ったの?」
「違います! あれは、厨房にいるコックに言ったのです! あいつ、カミラ様が着飾っているというのに食器の位置とかを配慮しないから、注意したのです。スープ皿やカトラリーの置き場所を変えないと、カミラ様がお食事されるときの邪魔になると……」

 ルークの言葉に、カミラは自分としては二年前の出来事を発掘する。

 ……あのときルークは確か、怒ったような口調で『邪魔になる』とか『もっとよく考えて』と言っていた。
 あれはカミラに対する愚痴ではなくて、着飾ったカミラでも不自由なく食事できるようにとコックに指示を出していたからであった。さすがにここまでは覚えていないがきっと、料理や食器の配置もガウンを着ていても障りがないように変更されていたのだろう。

 夫に対して及び腰になってしまう原因となった出来事が勘違いだったと判明してカミラは呆然とするが、彼女以上にルークの方が蒼白になって頭を抱えてしまった。

「……私は、本当に馬鹿です。よかれと思ってやったことが全て裏目に出ていたなんて……」
「あ、あの、大丈夫よ。ルークの気持ちはちゃんとわかったし……それに、こうしてお互いの気持ちを確認し合えたのだから」

 カミラはうつむいてしまったルークの背中に触れ、夫の耳元に唇を寄せた。

「だってあなたは、手紙の中でずっと優しかった。不器用なのはわかっていたけれど、それでも私の妊娠を喜んで、名前も考えてくれた。あなたがディアドラに会いたがっていると知っているから、私は毎日頑張れたのよ」
「そんな……。私は妻に必要なことを何も言えず、妊娠中も産後もそばにいられなかったというのに」
「私だって十五年間あなたのそばにいられなかったし、ディアドラのことも任せてしまったでしょう。おあいこよ」

 カミラは微笑み、恐る恐る顔を上げたルークを見て微笑んだ。
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