アステル! ~星成士たちとキラメキの祝祭~
 あれから、数日がたった。
 燐くんは、わたしが消しゴムを落としたら拾ってくれるし、日直の仕事で困っていたら助けに来てくれる。 
 でも、わたしを見る目は、いつもどこか切なそうだった。
「陽菜。ねえってば」
「……えっ」
 休み時間。
 柚希が、ひそひそと耳打ちしてきた。
「佐々波くんと、ケンカしてるの?」
「ケンカ……」
 そういわれて、あらためて、胸の奥がズキンと痛んだ。
 ケンカ、だよね。これって。
「時任先輩がうちのクラスに乗りこんで来た日からさ、佐々波くん、陽菜への態度、へんだよ」 
「うん……」
「転校したてのときから、陽菜にべったりだったのにさ」
「うーん、そうなの?」
「陽菜を見ているときの目もさ、前は優しかったのに」
「え? 燐くんの目、いつも優しいよね」
「いや、それは陽菜だけだよ。陽菜以外には、冷たい目しか向けないよ。佐々波くん……」
 そ、そうなんだ……。
「でもさ。佐々波くんが陽菜を見る目、なーんか、いまは違うんだよね」
「……柚希には、わかるの?」
「だてに、推し活してないよ! 推しの変化を見つめる観察眼、すごいでしょ。あたし、あんたらのことも推してるからさ!」
 エッヘンと腰に両手を当てる、柚希。
「ええっ。わたしも燐くんも、アイドル活動なんてしてないよ」
「推し活に、そんなルールないよ~! 自分の気持ちがズッキュンって動いたら、推し活開始の合図なのさっ!」
 柚希の推しトークに、まさか自分が登場する日が来るなんて思わなかったな。
 でも、そうか。
 柚希も、いまの燐くんは、いつもの燐くんじゃないって思うんだ。
 それって……わたしのせい、だよね。
 わたしが、燐くんに隠し事してるから。
 でも、どう説明したらいいのか、わからないんだよー……。
『アステル』のことなんて、なおさら。
「――きゃあああああっ!」
 とたん、廊下から悲鳴がとどろいた。
 見ると、視界のはしから、どんどんと人が倒れていく。
 茫然としていると、周囲に赤い霧が立ちこめはじめていることに気づく。
「な、なにが……っ?」
――ガタッ、と机に何かが落ちる音がした。
 さっきまで、いっしょにしゃべっていた柚希が、わたしの机で、うつぶせになっている。
「柚希……っ!」
 あわてて、顔をのぞきこむ。
 その表情は苦しそうでも、辛そうでもない。
「眠ってる……これって、まさか……『魔霧』……?」
 導力を持たない人を、強制的に眠りにつかせる星成術だ。
 ふだんは使用禁止の、禁忌の星成術。
 だけど、アステル百年祝祭が行われている期間だけは、アステル星成士財団から使用許可がおりる。
 理由は、単純。
 導力を持たない人たちに、星成士の存在を気づかれないようにするため。
「陽菜。大丈夫……っ?」
 真っ青な顔をした燐くんが、わたしに駆け寄ってきた。
「う、うん。大丈夫」
「お手洗い行ってたら、みんな突然倒れだして……。すぐに、職員室に行ったんだけど、先生たちも倒れてた。何が起きてるのか、さっぱりだよ」
「先生たちも……」
 魔霧は、古くから使われている星成術で、祝祭の伝統ともいわれているらしい。
 祝祭中は、ふつうの人たちに、星成術を使うところを見られるわけにはいかない。
 気持ちはわかるけどさ……でもみんなが倒れているのを見ると、やっぱり気分はよくない。
 燐くんが複雑そうに、机に突っ伏している柚希を見下ろしてる。
「職員室で救急車、呼ぼうとしたんだけど、電話がつながらなくてさ。だから急いで、教室に戻ってきたんだけど……」
 燐くんは不安そうな表情から、ふっと安心したように、口元をゆるませた。
「陽菜が無事だったから、とりあえずはよかった」
「……燐くん」
 おだやかに目元をやわらげた燐くんに、そっと手を握られる。
 燐くんに腕を引っ張られながら、わたしたちは廊下に出た。
 休み時間だった廊下には、数十人の生徒たちが、倒れている。
 みんな、すやすやと眠ってる。
「とりあえず、学校から出よう。近所の家から、救急に電話してもらおうか」
「歌仙陽菜」
 聞き覚えのある、声だった。
 燐くん手が、さらに強く、わたしの手を握りこむ。
 振り返ると、赤い霧のなか、時任先輩がすべてを見透かしたような瞳をして、立っていた。
「アステルの居場所をいう気になったか?」
「だから……知りませんってば」
「あいかわらず、冗談がうまいな」
 時任先輩が、ポケットから赤い石を一粒、取り出した。
 これが、時任先輩の星成石。
 そのとき燐くんが、胸元のペンダントホルダーをぎゅっと、握ったのが見えた。
「あの石……?」
 時任先輩が石を握ると、狭い廊下に赤い光が、さんさんと満ちる。
 まぶしくて、目を開けていられない。
「星よ、聴け――」
 星成術を使うときの呪文だ。
 激しい突風が長い廊下に、広い校舎に、吹き荒れはじめる。
 すべてをいい終える前に、なんとかしないと。このままじゃ、みんながケガしちゃう。
 でも、ここでわたしまで星成術を使ったら、燐くんにすべてがバレることになる。
 わたしが星成士だってことも、祝祭のことも、アステルのことも。
 そうなったら、わたしと燐くんはどうなっちゃうんだろう……。
「陽菜」
 燐くんが、わたしの手をぐいっと、引いた。
「逃げよう」
「で、でも」
「みんなが心配なのは、わかる。でも、ここで陽菜までケガしたら、だめだ」
 ふいに、違和感を感じた。
 わたし、何か大切なことを忘れている気がする。
 何だろう……。
「陽菜? どうかした」
 ――そうか。
 どうして、いままで気づかなかったの。
 ああ、もう。わたしの、ばかばか!
 早くここから、離れなくちゃ。
 時任先輩に、バレるまえに……。
「なあ」
 時任先輩の、地を這うような低い声が、吹きすさぶ突風のなか、やけに鮮明に響いた。
「その男……どうして、眠っていないんだ?」
 わたしは返事が、できない。
 燐くんは、いぶかしげな顔をして、時任先輩をにらみつけている。
「あんたに、関係ないでしょ」
「黙れ。オレは、歌仙に聞いている……」
 わたしは、とにかく黙っていた。
 その態度に、時任先輩のいら立ちが募っていくことも、いとわなかった。
「なあ、どうして、その男は眠っていない? オレは、この学校の敷地すべてに、魔霧を発生させたはずだぜ。だから、生徒も、教師も、敷地内にいる命あるものは、例え虫だろうと眠りについたはずだ。眠らずにいられるのは、導力に耐性のある星成士だけだろうな。なのに……なぜ、そこの男は眠っていない? おかしいよなあ」
 そうだ。
 燐くんが眠っていないのは、ふつうはおかしいことなのだ。
『アステル』という、膨大な自然エネルギーの器である燐くんに、魔霧が効くわけない――。
 そのことに、わたしがもっと早く気づいていれば、時任先輩と会うこともなかったかもしれないのに。
 荒々しい突風のなか、赤い霧が舞いあがる。
 わたしは、反射的に燐くんの手を握り、背中へとかばう。
「燐くん――わたしのそばから、離れないで」
「……陽菜」
 燐くんが、わたしを見ている。
 ずっと、不服そうに、何かをいいたそうにして。
「燐くん。あとで、燐くんに話したいことがあるんだ。聞いてほしい……」
「……わかった。聞くよ」
 燐くんは、深くうなずいてくれた。
 すべてを話したら、燐くんに嫌われるかもしれない、と心がざわめく。
 いけない。
 いまは、この場に集中しよう。
 時任先輩の星成石が、こうこうと輝き出す。
 あたり一面が、真っ赤に染まり、時任先輩の導力で満たされていく。
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