初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。
第11章
○野茂家・玄関(朝)
靴を履いている苺佳。
制服の上にアウターを羽織っている。
野茂「苺佳、もう行くのか」
苺佳「うん。今日は小テストがあるから」
野茂「そうか。気を付けてな」
苺佳「はい。行って来ます」
玄関から出て行く苺佳。
軽い足取り。
○雄馬の家・外観(朝)
低い位置の太陽。
電柱の横に立つ苺佳。
両手に息を吹きかけ、温める。
ドアが開く音。
出てくる雄馬。
苺佳はアパートに目を向ける。
苺佳「あ、来た」
駆けていく苺佳。
振り返る雄馬。
驚き、目を丸くする。
雄馬「えっ、苺佳!?」
苺佳「家を教えてもらったっていうことは、こういうことなのかなって」
照れながら言う苺佳。
雄馬の表情も晴れる。
雄馬「まあ、間違いじゃない、な」
恥ずかしそうにする雄馬。
苺佳、雄馬のブレザーの袖口をつまむ。
苺佳「今日小テストでしょ? 一緒に最終
確認しない?」
雄馬「だな」
手を繋ぐ2人。
身を寄せ合って歩く。
○竹若高校・玄関(朝)
静かな空間。
靴を乱雑に脱ぐ雄馬。
雄馬「昨日みたいなことになってなかったらええけど」
苺佳「大丈夫だよ。きっと」
優しく笑い、靴を持ち上げる苺佳。
苺佳M「そうは言ったものの、なかったらどうしよう」
恐る恐る靴箱の扉を開ける苺佳。
雄馬は上履きを手に覗き込む。
雄馬「ある?」
苺佳「ちゃんとあるよ」
気付かれないように胸を撫で下ろす。
雄馬も安堵している表情。
雄馬「なら良かった。でも、何やったんやろな」
苺佳「多分私のミスだよ。ほら、右隣は誰も使っていないから」
右隣の靴箱の扉を開ける。
上段下段ともに空。
はにかむ苺佳。
雄馬は顎を触る。
雄馬「あのとき、確かに苺佳の靴箱やったと思うねんけどな」
苺佳「でもさ、どこかで思い違いって起きちゃうでしょ?」
雄馬「確かに。俺には瞬発的な記憶力がないから」
上履きを履き終える雄馬。
苺佳は上履きを手に取る。
苺佳「私よりはあると思うけどな」
雄馬「ハハハ。まあ何事もなければ、いずれ忘れてくか」
苺佳「そうだよ。これが悪戯なら、レベルが優しいよ」
視線を落とす苺佳。
上履きを履いていく。
雄馬「ん? どういうこと?」
苺佳「ううん。気にしないで。ほら、早く教室行こうよ。せっかくの時間が勿体ないでしょ?」
雄馬「やな。よしっ、絶対に今日の小テストは苺佳に勝ってやる!」
苺佳「精々頑張って。ふふっ」
○同・2年2組教室(朝)
誰もいない教室。
入って来る苺佳と雄馬。
自分の席に近づく2人。
雄馬はリュックを下ろす。
一方、机の前で立ち止まる。
苺佳「なにこれ……」
雄馬「どうしたん?」
駆け寄る雄馬。
苺佳の机。
マジックペンで書かれている文字。
その全てが苺佳を非難する言葉。
文字全てを覆うように、机に座る雄馬。
低姿勢で苺佳の顔を覗き込む。
雄馬「大丈夫か?」
苺佳「あ、うん。大丈夫……」
瞬間、視線を逸らす苺佳。
雄馬「俺、先生に言ってくる」
苺佳「そんなことしなくていいよ」
雄馬「いやでもこれ、犯人探さないと、またやられるパターンじゃん」
苺佳「別に私は気にしないし。犯人探す時間が勿体ないよ。だから、早く確認しよ、私は大丈夫だから」
リュックを下ろす苺佳。
机横のフックにかける。
雄馬は机に座り続ける。
苺佳「雄馬、降りなよ」
文字を指で擦る雄馬。
摩擦音が鳴る。
雄馬「指は無理か。じゃあ、消しゴムやったらいけるか」
苺佳「雄馬」
雄馬「俺の持ってる消しゴム、あんま消えへんからな。やっぱ指で――」
苺佳「雄馬、もういいから」
雄馬の手を止める苺佳。
掴む苺佳の手は小刻みに震えている。
雄馬「震えとるやん。見られたくないんやろ? それなら消したほうが――」
苺佳「(遮って)ううん。別にいいよ。逆に、皆が私のこと知ってくれるでしょ? バンドやっている以上、素顔も知ってもらわないとだから」
軽く微笑む苺佳。
唇を尖らせる雄馬。
雄馬「苺佳がそれでいいなら、俺は苺佳が悲しむようなことはしない。でも、彼氏として言わせて欲しいことがある」
机から降りる雄馬。
苺佳の両腕を優しく掴む。
腰を落とし、苺佳と目線を合わせる。
雄馬「辛いなら、迷わず、遠慮せずに行って欲しい。俺は苺佳の彼氏。守るためにここに帰ってきた。迎えに来たんや。そのこと、忘れんといて」
力強い目を向ける雄馬。
苺佳は軽く微笑む。
雄馬の目をしっかり見つめる。
苺佳「ありがとう、雄馬。でも、私は本当に大丈夫だから」
すっと雄馬の手を離す苺佳。
不安顔の雄馬。
苺佳「ね、早く確認しようよ」
机の上に出される教科書とノート。
文字の一部が隠される。
○同・玄関(朝)
苺佳の靴箱。伸びてくる手。
右手親指の付け根にあるホクロ。
靴箱の戸が開けられる。
○同・2年2組教室(朝)
教室にいる生徒たち。
× × ×
羽七「今日の小テストの範囲って、何ページからだっけ?」
小鳥「中間試験と同じだよ」
羽七「えっ、そんなに……」
教科書を頭に乗せる羽七。
溜め息を吐く。
小鳥「でも、今回も小テストから同じ問題が出されるらしいから、ラッキーじゃない?」
羽七「確かに。その辺、黒川先生って優しいよね」
× × ×
苺佳の机の前に立つ雄馬。
教科書と天井を行き来する。
苺佳の机の横に立つ伊達。
書かれている文字を目で追う。
伊達「野茂さん、この件、ちゃんと先生に報告したほうが」
苺佳「ううん。先生に余計な迷惑かけることになるから」
伊達「いや、でもこれは、下手すると虐めに発展するかもしれない。だから黒川先生に言ったほうがいいと思うんだけど」
雄馬「俺もそう言ってんねんけど、苺佳は大丈夫だって。だから、俺もう何も言えんなって」
伊達「そうだったのか。なるほど」
伊達は顎を頻りに触る。
苺佳「この机を見た先生は、何て言うのかな」
伊達と雄馬「?」
苺佳のことを、真ん丸な目で見る伊達と雄馬。
苺佳は苦笑いを浮かべる。
苺佳「あー、ごめん、ごめん。ただ反応を予想したかっただけだから、気にしないで」
手を合わせる苺佳。
軽く首を傾げる。
苺佳M「言えないよ、中学生の頃、私がこれと全く同じ嫌がらせを受けていたなんて。それと同時に、先生の反応も」
教室に入って来る皐月。
手を振りながら苺佳たちに近づく。
皐月「あれー、珍しいメンツ」
伊達「ああ、柏木さん。おはよう」
皐月「おはよ。苺佳と雄馬君も」
雄馬「はよ」
苺佳「おはよう」
皐月、視線を下げる。
机を指す。
皐月「苺佳、机の……」
苺佳「あー、うん」
皐月「先生には言った?」
苺佳「ううん」
皐月、腰を屈める。
そして苺佳に顔を近づける。
皐月「言ったほうがよくない? 流石にこの机で小テスト受けれないでしょ?」
苺佳「大丈夫だよ。それに、書かれている内容の全部が、本当の私っていうか、まだみんなが知らない一面とかもあるから。知ってもらえるチャンスかなって」
皐月「あのさ、いつからそんな天然ちゃんになったの?」
苺佳「私は、今も昔も変わらないよ」
微笑む苺佳。
皐月は自分の額に手を当てる。
そして溜息を吐く。
皐月「私は苺佳のことが心配だから言うけど、ホント、心が壊れる前には相談してよ。苺佳がいなかったら、DRAGON15は成り立たないんだから」
苺佳「皐月まで心配してくれてありがとう。嬉しいよ」
作り笑顔の苺佳。
雄馬と皐月は同時に呆れ顔。
伊達は腕を組み、唸る。
教室前方に座る薮内。
伊達のことを見る。
薮内「伊達、ここ分かる?」
振り向き、手を挙げる伊達。
伊達「野茂さん、何かあれば、すぐに相談を」
苺佳「うん」
苺佳たちの元を離れる伊達。
苺佳「落書きの効果ってすごいね」
文字をなぞり始める苺佳。
皐月、教室後方を指す。
皐月「ちょっと、いい?」
雄馬「あ、ああ」
苺佳の元を離れる雄馬と皐月。
ロッカーに背を預ける雄馬。
その前に立つ皐月。
皐月「ねえ、最近の苺佳、何かちょっと変じゃない?」
雄馬「やっぱりそう思うよな」
皐月「なんかあった?」
雄馬「多分、文化祭やな。ほら、DRAGON15のライブの」
皐月「あー、苺佳が泣いて逃げてきた、あれか」
頭を掻く雄馬。
雄馬「まあ苺佳を泣かせた俺も悪いけどさ、内田の奴が結構しつこいから、どうしていいか分からんねん」
皐月「そうなると、多分、苺佳の机に悪口書いたの、内田ちゃんかな」
雄馬「やっぱりか……」
皐月「頑張って字体変えたっぽいけど、跳ねの癖が抜けきってないから」
皐月、スマホを操作する。
画面。内田の手書きメモの写真が表示される。
覗き込む雄馬。
雄馬「ホンマや……。似とる」
皐月「だよね」
暗くなるスマホ画面。
皐月は左手にスマホを持ち直す。
雄馬「確定なら、先生に言ったほうがいいよな」
皐月「苺佳次第だとは思うけど、どうせまた頑なに首を振ってるんでしょ」
雄馬「よく知ってるやん。俺、どうしたらいい?」
皐月「喧嘩になること覚悟で、黒川先生に相談」
皐月の本気な眼差しに、雄馬は苦笑い。
雄馬「喧嘩って……」
皐月「苺佳を守りたいんじゃないの?」
雄馬「そりゃあ、まあな」
皐月「じゃあ、昼休みにでも行って来な。私が苺佳のこと見張っておくから」
雄馬「分かった」
予鈴が鳴る。
壁掛け時計の針。
8時30分をさしている。
× × ×
(時間経過)
壁掛け時計の針。
11時45分をさしている。
黒板。小テスト11:30~11:45までの表記。
苺佳の机。文字が全て消えている。
時計を見る黒川。
手を叩く。
黒川「時間や。後ろから回収してや」
後方に座る生徒たちが立ちあがる。
溜め息を吐く苺佳。
回収される苺佳の回答用紙。
空白の回答欄がある。
黒川、黒板の文字を消す。
薮内「先生、ムズかった」
黒川「今回の中間も、これぐらいのレベルにするから、ちゃんと勉強せえへんと、点取れへんで」
生徒たち「え~」
薮内「ヤバッ、俺史上最大のピンチ」
頭を抱える薮内。
生徒数人の笑い声。
小鳥「先生、ここに置いていいですか?」
振り向く黒川。
黒川「ええよー」
小鳥、回答用紙を教壇に置く。
黒川は生徒たちに視線を向ける。
黒川「今日の小テストから何問か出すんやから、そこは絶対に点取れよ。分かっとると思うけど、赤点やったら追試やからな」
生徒たち「え~」
嘆きの声と意気込みの声に包まれる教室内。
雄馬は苺佳の方を見る。
頭を落としている苺佳。
雄馬はフッと息を吐く。
そして前を見る。
回答用紙を手に持つ黒川。
時計を見る。
針は11時48分をさしている。
黒川「少々早いけど、授業終わりにする。号令」
○同・職員室
席に座っている黒川。
机の上に置かれている回答用紙。
手元にあるのは苺佳の回答用紙。
65点と記入する。
顎を頻りに触り始める。
黒川「(小声)相当ダメージ負っとるな」
ペンを置く黒川。
ドアが開く音。
雄馬(声)「失礼します。2年2組の加藤雄馬です。黒川先生いらっしゃいますか?」
左を向く黒川。
入口に立つ雄馬と目が合う。
黒川は手招き。
雄馬は大股で黒川に近づく。
回答用紙をひっくり返す黒川。
立ち止まる雄馬。
怒りに満ちている目を向ける。
雄馬「先生、少しいいですか」
黒川「何や」
雄馬「苺佳の机のことで」
黒川「ああ」
向きを戻す黒川。
ペンを手に持ち直す。
雄馬は勢いよく頭を下げる。
雄馬「どうにかしてもらえませんか。お願いします!」
黒川「それは、犯人を捜せと言っとるんか?」
頭を上げる雄馬。
黒川に近づく。
雄馬「犯人の目星は付いてます。なのでその人を――」
黒川「その人が仮に犯人だとして、その証拠はどこにある?」
雄馬「俺の、頭の中に……、というか、勘です。俺と柏木さんの」
黒川「それじゃアカンな。ちゃんとした、映像とか物的とか、そういうんじゃないと。警察だって、勘で逮捕はできない。そうだろ?」
拳を握る雄馬。
黒川は苺佳の、裏向きの回答用紙を重ね合わせる。
雄馬「じゃあ、俺と柏木さんが疑っている、その人に話訊いてください!」
黒川「仮に犯人と話ができたとしても、そいつが口を割ると思うか? 自供すると思うか?」
雄馬「俺は、そうは思いません! でも、これ以外の方法が見つからなくて!」
黒川「まあそうがなるな。加藤が野茂のためにと焦る気持ちはよく分かる。でも、一番大事なんは、野茂自身の気持ちやないか?」
俯く雄馬。
黒川は立ち上がる。
そして、雄馬の肩に手を置く。
黒川「とりあえず、先に野茂と話してみるから。ここから先は先生を頼れ、な?」
背を向け始める雄馬。
黒川は肩から頭に手を置き換える。
黒川「ちょっと待て。落ち着け」
振り返る雄馬。
黒川を睨みつける。
雄馬「俺は苺佳のことを、今すぐ助けたいんです。だから、犯人捜します。失礼します」
黒川「加藤が焦る気持ちは充分分かる。でもな、焦ってるときほど、冷静な判断はできへん」
雄馬「俺は至って冷静です!!」
叫ぶ雄馬。
職員室中の視線が雄馬に注がれる。
スッと視線を逸らす雄馬。
つま先を動かし続ける。
黒川「そうか……。ほな、野茂は何て言うてる?」
雄馬「私は大丈夫。この一点張りです」
悔しそうに唇を噛む雄馬。
黒川は再び雄馬の肩に手を置く。
黒川「加藤にとったら、野茂は大事な人なんやろ? 傷付けてええんか?」
雄馬「それは……」
俯く雄馬。
足元を見つめる。
黒川「野茂のことは、俺らで必ず守る。だから、今は野茂の傍に居てやれ。精神的に支えてやってくれ。頼むわ」
肩をポンと叩く黒川。
雄馬は振り向きざま、黒川の目を見る。
黒川、微笑みかける。
納得しきれていない表情の雄馬。
だが、頷く。
雄馬「分かりました。絶対、苺佳のこと助けてください」
黒川「分かったから。とりあえず飯食え」
雄馬「はい」
○同・2年2組教室
皐月の机の上。
広げられている2人分のお弁当。
ほとんど食べ終わっている。
苺佳「そうだよね。もっと音楽番組に出てくれればいいのに、って思っちゃう」
皐月「だよね。みんな演奏技術高いし、結構バンドでも役に立つんだよね」
苺佳「そうそう。私も、コータの歌い方参考にするからね。皐月はユースケのドラム演奏を参考にしているの?」
皐月「そーそー。ユースケってホント天才だからね。あっ、今から昨日配信された動画見ない?」
苺佳「いいね。見よう、見よう」
机の上にスマホを置く皐月。
右手のみで操作していく。
時折、苺佳に視線を向ける皐月。
苺佳はおかずを頬張っている。
教室に入って来る雄馬。
それに気付く皐月。
皐月「苺佳、先観てて」
苺佳「どこ行くの?」
皐月「ん? ちょっとね」
席を立つ皐月。
雄馬の方へ歩く。
雄馬「あ」
教室後方に向かう雄馬と皐月。
苺佳は視線を逸らす。
スマホで流れ始める動画。
苺佳と皐月の推しアイドルが映る。
向かい合わせに立つ雄馬と皐月。
皐月「どうだった?」
雄馬「とりあえず、黒川先生が苺佳と話しするって」
皐月「そっか」
皐月、視線を苺佳に向ける。
苺佳は動画に釘付けになっている。
雄馬「俺さ、あとで直接、内田に問質そうと思うねんけど」
皐月「えっ」
雄馬「原因は俺にあるし。それに、大体、虐めてる奴って、先生にバレんような嘘つくやん。だったら。俺が直接聞いたほうが早いかと思って」
皐月「なるほど……」
教室の中を見渡す雄馬。
皐月「内田ちゃんなら、さっき出て行った」
雄馬「そっか」
教室から出て行く雄馬。
皐月は目で追う。
苺佳は動画を止める。
そして、のこりのおかずを頬張る。
○同・廊下
待ち伏せしている雄馬。
歩いてくる真玲。
雄馬は大股で真玲に近づく。
雄馬「おい」
無視し、歩き続ける真玲。
雄馬「おい、お前」
立ち止まる真玲。
振り向き、雄馬のことを見る。
真玲「お前って、私のこと?」
雄馬「お前以外に誰がいるんだ」
真玲を指す雄馬。
怒りと照れが混ざる表情。
雄馬「お前に、聞きたいことがある」
真玲「何?」
雄馬「嫌がらせしてんの、お前なんやろ」
真玲「え~、何のことかな?」
首を傾け、上目遣いをする真玲。
雄馬は怒りの表情。
雄馬「恍けるな」
真玲「ん~、それじゃ、今日の放課後、教室で真相を話してあげる。だから、苺佳さんと一緒に来てよ」
雄馬「苺佳は関係ないやろ」
真玲「連れてこないなら話さないけど、いいの?」
舌打ちする雄馬。
雄馬「分かった」
真玲「それじゃあ、放課後、楽しみにしてるから。えへへっ」
手を振り、教室に帰っていく真玲。
雄馬はもう一度舌打ち。
真玲の背中を見ながら呟く。
雄馬「めんどくさい女」
○同・2年2組教室(夕)
着席している生徒たち。
晴れない顔をしている苺佳。
雄馬は心配そうな表情。
伊達「先生、今日の小テストの返却は?」
黒川「仕事が重なって採点が終わらんくてな、明日朝のホームルームで返すから、もう少し待っといてくれ」
嘆く生徒数人。
喜ぶ生徒数人。
伊達「そうですか。分かりました」
黒川「ほな、これで今日のホームルーム終わりや。号令かけて」
○同・職員室(夕)
ちらほらといる教員たち。
黒川は席に座っている。
苺佳の回答用紙を眺めている。
ドアのノック音。そして戸が開く。
苺佳(声)「失礼します。2年2組の野茂苺佳です。黒川先生に用事があってまいりました」
ドアの方を向く黒川。
立っている苺佳と目が合う。
黒川は手を挙げる。
苺佳「失礼します」
戸を閉め、歩み寄って来る苺佳。
黒川は回答用紙を伏せて置く。
黒川の席の横に立つ苺佳。
黒川「疲れとるとこ悪いな」
苺佳「いえ」
視線を黒川から回答用紙に向ける苺佳。
黒川は苺佳に視線を向け続ける。
黒川「んで、何で呼び出したか、言わんでも分かっとるやろ」
苺佳「机のこと、ですよね」
黒川「そうや。加藤が心配しとったで」
苺佳「……そう、ですよね」
黒川「それで、その嫌がらせのことやけどな――」
苺佳「(遮って)大丈夫ですよ。先生、お気遣いいただき、ありがとうございます」
頭を下げる苺佳。
黒川は向きを変える。
そして、机の回答用紙に視線を向ける。
黒川「野茂の点数がここまで低いなんて、珍しいこともあるもんやな」
回答用紙を手に取る黒川。
苺佳に裏向きのまま渡す。
ひっくり返す苺佳。
生唾を飲み込む。
黒川「野茂、この点数見ても、大丈夫やて言えるんか?」
苺佳「……言えます」
黒川「何や、えらい小さい声やな」
苺佳「い、言えます。私は大丈夫です」
黒目を左右に動かす苺佳。
黒川は軽く溜め息を吐く。
黒川「視線が定まらん。つまりは、大丈夫やない、てことやねんけどな」
苺佳「……」
俯く苺佳。
手に力を入れる。
回答用紙に皺が刻まれる。
黒川は苺佳の方に向き直す。
黒川「机の落書きの他に、なんかされたりとかしたことは?」
苺佳「……今のところはないです」
黒川「そうか」
顔を上げる苺佳。
前髪で目元を隠す。
苺佳「なので、大丈夫です。今回の机の文字は私が消します。私のせいですから」
黒川「それはアカン。あれは大切な証拠や。ちゃんと誰がやったかまでハッキリさせなアカンやつ。それぐらい、分かるやろ?」
苺佳と黒川の視線が合う。
黒川「俺は、嫌がらせ受けとる生徒のことを、見て見ぬふりはせえへんから」
苺佳「えっ」
黒川、腰を屈める。
そして太腿に腕を置き、手を組む。
黒川「俺な、教師始めて3年目のとき、大事な生徒を自殺で亡くしとんねん」
苺佳「え」
黒川「まだ1年生やった。俺が顧問を務めるテニス部の子でな、下手くそながらに頑張っとってん。それで、県大会で2位にまでなって。でもな、それを良く思わん奴が何人かおって、悪口言われるようになったんや」
黒川の机の上。パソコンの横。
薄汚れているテニスボール。
黒川は右手を伸ばし、手に取る。
黒川「部員からもクラスメイトからも仲間外れにされた挙句のことやった」
テニスボールを握る黒川。
黒川「俺は彼の異変に気付いとったのに、助けられんかった。だから、そのとき誓った。小さなことでも見逃さへんって」
テニスボールを天上向けて突き出す黒川。
苺佳は軽く俯いている。
黒川「それやから、俺は野茂のことが心配で仕方ないねん。何か、助けられることはないか?」
苺佳「今は大丈夫です」
黒川「そうか……。分かった」
苺佳はテスト用紙を黒川に渡す。
苺佳「ありがとうございました」
頭を下げる苺佳。
黒川はテスト用紙を受け取る。
苺佳「失礼します」
黒川に背を向ける苺佳。
黒川、椅子から腰を上げる。
黒川「野茂」
振り返る苺佳。
黒川「信頼できる誰かに助けてって言えると、さらにカッコよくなるで」
ハッと息を呑む苺佳。
黒川は歯を見せて笑う。
苺佳「はい」
一礼する苺佳。
そのまま職員室を後にする。
○同・廊下
壁に背を預けて立っている雄馬と皐月。
歩いてくる苺佳。
苺佳に気付き、近寄る雄馬と皐月。
雄馬「どうやった?」
苺佳「……」
皐月「何か話されたんでしょ?」
俯き続ける苺佳。
雄馬「なんか進展でもあったん?」
顔を上げる苺佳。
怒りの目付き。
苺佳「ねえ、どうして先生に話したの?」
苺佳から視線を逸らさない雄馬。
雄馬「苺佳のことが心配だから」
苺佳「私は、大丈夫って言ったよ。その言葉、雄馬なら信じてくれると思ったのに」
雄馬「今日の小テストだって、できなかったって嘆いてただろ」
苺佳「それは、ちょっと復習が足りなかっただけで……」
視線を逸らす苺佳。
皐月は雄馬と苺佳を交互に見る。
雄馬「絶対に、あのこととは関係がないって、そう思うんだな」
苺佳「そうだよ。実際に関係がないもの。1時間目のときに机は変えてもらえたから」
雄馬「でも、メンタルがやられてるから、いつもみたいな集中力が発揮できへんかった、違う?」
口を噤む苺佳。
拳を震わせる。
苺佳に一歩近づく皐月。
少し首を傾げて問う。
皐月「ねえ苺佳、何でいつも強がるの? 少しは自分の気持ちに素直になったら?」
苺佳「私はどう頑張っても、いつも自分に素直な皐月みたいにはなれない」
皐月「それ、どういう意味?」
苺佳「私は結局嫌われる、そういう人だから」
苛立っている苺佳。
皐月は呆れている。
皐月「そう自暴自棄にならなくてもいいじゃん。ほら、もっと、こう明るく――」
苺佳「(遮って)皐月なんでしょ、雄馬に、先生に話したほうがいいって言ったの」
苺佳の目には涙が浮かんでいる。
怒りに満ちている表情の苺佳。
皐月はスッと視線を逸らす。
皐月「それは……、苺佳が心配だから」
苺佳「みんながみんな、口を揃えてそう言ってくれるけど、本当に心配しているの?」
皐月「は? 何言ってんの、苺佳」
苺佳に圧をかける皐月。
雄馬は心配そうに苺佳を見る。
苺佳「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから、もう拘わらないで。下手に関わると、私みたいな嫌がらせ受けることになるよ」
雄馬「苺佳、いくら何でも――」
苺佳「(遮って)雄馬だって、雄馬だよ。もういい。2人とも私から離れて。お願いだから」
皐月「ちょっと、苺佳!」
苺佳の袖口を掴む皐月。
苺佳「ちょっと、離して!」
勢いよく皐月の手を振り払う苺佳。
そのまま走って去っていく。
追おうとする皐月。
雄馬は手で制止させる。
○同・2年2組教室(夕)
教室にいる真玲。
自分の机の上に足を組んで座っている。
入って来る苺佳。
涙を袖口で拭う。
一目散にリュックを手に取る苺佳。
真玲「あれ~、帰っちゃうの?」
息を呑む苺佳。
振り向き、真玲に視線を向ける。
真玲「聞いてないの? 雄馬君に、大事な話をするんだけど」
苺佳「私は、関係ないよね?」
真玲「関係あるよ。もうすぐ雄君が戻ってくると思うんだけどな」
駆けてくる2人分の足音。
戸が開く。
息を切らしている雄馬と皐月が経っている。
真玲「あっ、戻って来た」
真玲、にこやかに笑う。
が、皐月を見て、睨む。
皐月「内田ちゃん、私は邪魔しないから」
歩いて机の上のリュックを手に取る皐月。
皐月「苺佳、私、音楽室いるから。用が済んだら来てよ。待ってるから」
リュックを背負い、教室から出る。
残る苺佳と雄馬と真玲。
雄馬の斜め後ろに立つ苺佳。
真玲は机から降りる。
両手を広げる真玲。
満面の笑みを浮かべる。
真玲「さあさあ、ついにこのときが来たね!」
○同・音楽室(夕)
室内に1人でいる皐月。
椅子に座っている。
視線の先。苺佳のギターケース。
ドアが開く音。
ケースを背に入って来る関本。
関本「あれ、いっちゃんは?」
皐月「今日は来ないと思う」
関本「え、なんで」
視線を関本に移す皐月。
一筋の涙を流す。
靴を履いている苺佳。
制服の上にアウターを羽織っている。
野茂「苺佳、もう行くのか」
苺佳「うん。今日は小テストがあるから」
野茂「そうか。気を付けてな」
苺佳「はい。行って来ます」
玄関から出て行く苺佳。
軽い足取り。
○雄馬の家・外観(朝)
低い位置の太陽。
電柱の横に立つ苺佳。
両手に息を吹きかけ、温める。
ドアが開く音。
出てくる雄馬。
苺佳はアパートに目を向ける。
苺佳「あ、来た」
駆けていく苺佳。
振り返る雄馬。
驚き、目を丸くする。
雄馬「えっ、苺佳!?」
苺佳「家を教えてもらったっていうことは、こういうことなのかなって」
照れながら言う苺佳。
雄馬の表情も晴れる。
雄馬「まあ、間違いじゃない、な」
恥ずかしそうにする雄馬。
苺佳、雄馬のブレザーの袖口をつまむ。
苺佳「今日小テストでしょ? 一緒に最終
確認しない?」
雄馬「だな」
手を繋ぐ2人。
身を寄せ合って歩く。
○竹若高校・玄関(朝)
静かな空間。
靴を乱雑に脱ぐ雄馬。
雄馬「昨日みたいなことになってなかったらええけど」
苺佳「大丈夫だよ。きっと」
優しく笑い、靴を持ち上げる苺佳。
苺佳M「そうは言ったものの、なかったらどうしよう」
恐る恐る靴箱の扉を開ける苺佳。
雄馬は上履きを手に覗き込む。
雄馬「ある?」
苺佳「ちゃんとあるよ」
気付かれないように胸を撫で下ろす。
雄馬も安堵している表情。
雄馬「なら良かった。でも、何やったんやろな」
苺佳「多分私のミスだよ。ほら、右隣は誰も使っていないから」
右隣の靴箱の扉を開ける。
上段下段ともに空。
はにかむ苺佳。
雄馬は顎を触る。
雄馬「あのとき、確かに苺佳の靴箱やったと思うねんけどな」
苺佳「でもさ、どこかで思い違いって起きちゃうでしょ?」
雄馬「確かに。俺には瞬発的な記憶力がないから」
上履きを履き終える雄馬。
苺佳は上履きを手に取る。
苺佳「私よりはあると思うけどな」
雄馬「ハハハ。まあ何事もなければ、いずれ忘れてくか」
苺佳「そうだよ。これが悪戯なら、レベルが優しいよ」
視線を落とす苺佳。
上履きを履いていく。
雄馬「ん? どういうこと?」
苺佳「ううん。気にしないで。ほら、早く教室行こうよ。せっかくの時間が勿体ないでしょ?」
雄馬「やな。よしっ、絶対に今日の小テストは苺佳に勝ってやる!」
苺佳「精々頑張って。ふふっ」
○同・2年2組教室(朝)
誰もいない教室。
入って来る苺佳と雄馬。
自分の席に近づく2人。
雄馬はリュックを下ろす。
一方、机の前で立ち止まる。
苺佳「なにこれ……」
雄馬「どうしたん?」
駆け寄る雄馬。
苺佳の机。
マジックペンで書かれている文字。
その全てが苺佳を非難する言葉。
文字全てを覆うように、机に座る雄馬。
低姿勢で苺佳の顔を覗き込む。
雄馬「大丈夫か?」
苺佳「あ、うん。大丈夫……」
瞬間、視線を逸らす苺佳。
雄馬「俺、先生に言ってくる」
苺佳「そんなことしなくていいよ」
雄馬「いやでもこれ、犯人探さないと、またやられるパターンじゃん」
苺佳「別に私は気にしないし。犯人探す時間が勿体ないよ。だから、早く確認しよ、私は大丈夫だから」
リュックを下ろす苺佳。
机横のフックにかける。
雄馬は机に座り続ける。
苺佳「雄馬、降りなよ」
文字を指で擦る雄馬。
摩擦音が鳴る。
雄馬「指は無理か。じゃあ、消しゴムやったらいけるか」
苺佳「雄馬」
雄馬「俺の持ってる消しゴム、あんま消えへんからな。やっぱ指で――」
苺佳「雄馬、もういいから」
雄馬の手を止める苺佳。
掴む苺佳の手は小刻みに震えている。
雄馬「震えとるやん。見られたくないんやろ? それなら消したほうが――」
苺佳「(遮って)ううん。別にいいよ。逆に、皆が私のこと知ってくれるでしょ? バンドやっている以上、素顔も知ってもらわないとだから」
軽く微笑む苺佳。
唇を尖らせる雄馬。
雄馬「苺佳がそれでいいなら、俺は苺佳が悲しむようなことはしない。でも、彼氏として言わせて欲しいことがある」
机から降りる雄馬。
苺佳の両腕を優しく掴む。
腰を落とし、苺佳と目線を合わせる。
雄馬「辛いなら、迷わず、遠慮せずに行って欲しい。俺は苺佳の彼氏。守るためにここに帰ってきた。迎えに来たんや。そのこと、忘れんといて」
力強い目を向ける雄馬。
苺佳は軽く微笑む。
雄馬の目をしっかり見つめる。
苺佳「ありがとう、雄馬。でも、私は本当に大丈夫だから」
すっと雄馬の手を離す苺佳。
不安顔の雄馬。
苺佳「ね、早く確認しようよ」
机の上に出される教科書とノート。
文字の一部が隠される。
○同・玄関(朝)
苺佳の靴箱。伸びてくる手。
右手親指の付け根にあるホクロ。
靴箱の戸が開けられる。
○同・2年2組教室(朝)
教室にいる生徒たち。
× × ×
羽七「今日の小テストの範囲って、何ページからだっけ?」
小鳥「中間試験と同じだよ」
羽七「えっ、そんなに……」
教科書を頭に乗せる羽七。
溜め息を吐く。
小鳥「でも、今回も小テストから同じ問題が出されるらしいから、ラッキーじゃない?」
羽七「確かに。その辺、黒川先生って優しいよね」
× × ×
苺佳の机の前に立つ雄馬。
教科書と天井を行き来する。
苺佳の机の横に立つ伊達。
書かれている文字を目で追う。
伊達「野茂さん、この件、ちゃんと先生に報告したほうが」
苺佳「ううん。先生に余計な迷惑かけることになるから」
伊達「いや、でもこれは、下手すると虐めに発展するかもしれない。だから黒川先生に言ったほうがいいと思うんだけど」
雄馬「俺もそう言ってんねんけど、苺佳は大丈夫だって。だから、俺もう何も言えんなって」
伊達「そうだったのか。なるほど」
伊達は顎を頻りに触る。
苺佳「この机を見た先生は、何て言うのかな」
伊達と雄馬「?」
苺佳のことを、真ん丸な目で見る伊達と雄馬。
苺佳は苦笑いを浮かべる。
苺佳「あー、ごめん、ごめん。ただ反応を予想したかっただけだから、気にしないで」
手を合わせる苺佳。
軽く首を傾げる。
苺佳M「言えないよ、中学生の頃、私がこれと全く同じ嫌がらせを受けていたなんて。それと同時に、先生の反応も」
教室に入って来る皐月。
手を振りながら苺佳たちに近づく。
皐月「あれー、珍しいメンツ」
伊達「ああ、柏木さん。おはよう」
皐月「おはよ。苺佳と雄馬君も」
雄馬「はよ」
苺佳「おはよう」
皐月、視線を下げる。
机を指す。
皐月「苺佳、机の……」
苺佳「あー、うん」
皐月「先生には言った?」
苺佳「ううん」
皐月、腰を屈める。
そして苺佳に顔を近づける。
皐月「言ったほうがよくない? 流石にこの机で小テスト受けれないでしょ?」
苺佳「大丈夫だよ。それに、書かれている内容の全部が、本当の私っていうか、まだみんなが知らない一面とかもあるから。知ってもらえるチャンスかなって」
皐月「あのさ、いつからそんな天然ちゃんになったの?」
苺佳「私は、今も昔も変わらないよ」
微笑む苺佳。
皐月は自分の額に手を当てる。
そして溜息を吐く。
皐月「私は苺佳のことが心配だから言うけど、ホント、心が壊れる前には相談してよ。苺佳がいなかったら、DRAGON15は成り立たないんだから」
苺佳「皐月まで心配してくれてありがとう。嬉しいよ」
作り笑顔の苺佳。
雄馬と皐月は同時に呆れ顔。
伊達は腕を組み、唸る。
教室前方に座る薮内。
伊達のことを見る。
薮内「伊達、ここ分かる?」
振り向き、手を挙げる伊達。
伊達「野茂さん、何かあれば、すぐに相談を」
苺佳「うん」
苺佳たちの元を離れる伊達。
苺佳「落書きの効果ってすごいね」
文字をなぞり始める苺佳。
皐月、教室後方を指す。
皐月「ちょっと、いい?」
雄馬「あ、ああ」
苺佳の元を離れる雄馬と皐月。
ロッカーに背を預ける雄馬。
その前に立つ皐月。
皐月「ねえ、最近の苺佳、何かちょっと変じゃない?」
雄馬「やっぱりそう思うよな」
皐月「なんかあった?」
雄馬「多分、文化祭やな。ほら、DRAGON15のライブの」
皐月「あー、苺佳が泣いて逃げてきた、あれか」
頭を掻く雄馬。
雄馬「まあ苺佳を泣かせた俺も悪いけどさ、内田の奴が結構しつこいから、どうしていいか分からんねん」
皐月「そうなると、多分、苺佳の机に悪口書いたの、内田ちゃんかな」
雄馬「やっぱりか……」
皐月「頑張って字体変えたっぽいけど、跳ねの癖が抜けきってないから」
皐月、スマホを操作する。
画面。内田の手書きメモの写真が表示される。
覗き込む雄馬。
雄馬「ホンマや……。似とる」
皐月「だよね」
暗くなるスマホ画面。
皐月は左手にスマホを持ち直す。
雄馬「確定なら、先生に言ったほうがいいよな」
皐月「苺佳次第だとは思うけど、どうせまた頑なに首を振ってるんでしょ」
雄馬「よく知ってるやん。俺、どうしたらいい?」
皐月「喧嘩になること覚悟で、黒川先生に相談」
皐月の本気な眼差しに、雄馬は苦笑い。
雄馬「喧嘩って……」
皐月「苺佳を守りたいんじゃないの?」
雄馬「そりゃあ、まあな」
皐月「じゃあ、昼休みにでも行って来な。私が苺佳のこと見張っておくから」
雄馬「分かった」
予鈴が鳴る。
壁掛け時計の針。
8時30分をさしている。
× × ×
(時間経過)
壁掛け時計の針。
11時45分をさしている。
黒板。小テスト11:30~11:45までの表記。
苺佳の机。文字が全て消えている。
時計を見る黒川。
手を叩く。
黒川「時間や。後ろから回収してや」
後方に座る生徒たちが立ちあがる。
溜め息を吐く苺佳。
回収される苺佳の回答用紙。
空白の回答欄がある。
黒川、黒板の文字を消す。
薮内「先生、ムズかった」
黒川「今回の中間も、これぐらいのレベルにするから、ちゃんと勉強せえへんと、点取れへんで」
生徒たち「え~」
薮内「ヤバッ、俺史上最大のピンチ」
頭を抱える薮内。
生徒数人の笑い声。
小鳥「先生、ここに置いていいですか?」
振り向く黒川。
黒川「ええよー」
小鳥、回答用紙を教壇に置く。
黒川は生徒たちに視線を向ける。
黒川「今日の小テストから何問か出すんやから、そこは絶対に点取れよ。分かっとると思うけど、赤点やったら追試やからな」
生徒たち「え~」
嘆きの声と意気込みの声に包まれる教室内。
雄馬は苺佳の方を見る。
頭を落としている苺佳。
雄馬はフッと息を吐く。
そして前を見る。
回答用紙を手に持つ黒川。
時計を見る。
針は11時48分をさしている。
黒川「少々早いけど、授業終わりにする。号令」
○同・職員室
席に座っている黒川。
机の上に置かれている回答用紙。
手元にあるのは苺佳の回答用紙。
65点と記入する。
顎を頻りに触り始める。
黒川「(小声)相当ダメージ負っとるな」
ペンを置く黒川。
ドアが開く音。
雄馬(声)「失礼します。2年2組の加藤雄馬です。黒川先生いらっしゃいますか?」
左を向く黒川。
入口に立つ雄馬と目が合う。
黒川は手招き。
雄馬は大股で黒川に近づく。
回答用紙をひっくり返す黒川。
立ち止まる雄馬。
怒りに満ちている目を向ける。
雄馬「先生、少しいいですか」
黒川「何や」
雄馬「苺佳の机のことで」
黒川「ああ」
向きを戻す黒川。
ペンを手に持ち直す。
雄馬は勢いよく頭を下げる。
雄馬「どうにかしてもらえませんか。お願いします!」
黒川「それは、犯人を捜せと言っとるんか?」
頭を上げる雄馬。
黒川に近づく。
雄馬「犯人の目星は付いてます。なのでその人を――」
黒川「その人が仮に犯人だとして、その証拠はどこにある?」
雄馬「俺の、頭の中に……、というか、勘です。俺と柏木さんの」
黒川「それじゃアカンな。ちゃんとした、映像とか物的とか、そういうんじゃないと。警察だって、勘で逮捕はできない。そうだろ?」
拳を握る雄馬。
黒川は苺佳の、裏向きの回答用紙を重ね合わせる。
雄馬「じゃあ、俺と柏木さんが疑っている、その人に話訊いてください!」
黒川「仮に犯人と話ができたとしても、そいつが口を割ると思うか? 自供すると思うか?」
雄馬「俺は、そうは思いません! でも、これ以外の方法が見つからなくて!」
黒川「まあそうがなるな。加藤が野茂のためにと焦る気持ちはよく分かる。でも、一番大事なんは、野茂自身の気持ちやないか?」
俯く雄馬。
黒川は立ち上がる。
そして、雄馬の肩に手を置く。
黒川「とりあえず、先に野茂と話してみるから。ここから先は先生を頼れ、な?」
背を向け始める雄馬。
黒川は肩から頭に手を置き換える。
黒川「ちょっと待て。落ち着け」
振り返る雄馬。
黒川を睨みつける。
雄馬「俺は苺佳のことを、今すぐ助けたいんです。だから、犯人捜します。失礼します」
黒川「加藤が焦る気持ちは充分分かる。でもな、焦ってるときほど、冷静な判断はできへん」
雄馬「俺は至って冷静です!!」
叫ぶ雄馬。
職員室中の視線が雄馬に注がれる。
スッと視線を逸らす雄馬。
つま先を動かし続ける。
黒川「そうか……。ほな、野茂は何て言うてる?」
雄馬「私は大丈夫。この一点張りです」
悔しそうに唇を噛む雄馬。
黒川は再び雄馬の肩に手を置く。
黒川「加藤にとったら、野茂は大事な人なんやろ? 傷付けてええんか?」
雄馬「それは……」
俯く雄馬。
足元を見つめる。
黒川「野茂のことは、俺らで必ず守る。だから、今は野茂の傍に居てやれ。精神的に支えてやってくれ。頼むわ」
肩をポンと叩く黒川。
雄馬は振り向きざま、黒川の目を見る。
黒川、微笑みかける。
納得しきれていない表情の雄馬。
だが、頷く。
雄馬「分かりました。絶対、苺佳のこと助けてください」
黒川「分かったから。とりあえず飯食え」
雄馬「はい」
○同・2年2組教室
皐月の机の上。
広げられている2人分のお弁当。
ほとんど食べ終わっている。
苺佳「そうだよね。もっと音楽番組に出てくれればいいのに、って思っちゃう」
皐月「だよね。みんな演奏技術高いし、結構バンドでも役に立つんだよね」
苺佳「そうそう。私も、コータの歌い方参考にするからね。皐月はユースケのドラム演奏を参考にしているの?」
皐月「そーそー。ユースケってホント天才だからね。あっ、今から昨日配信された動画見ない?」
苺佳「いいね。見よう、見よう」
机の上にスマホを置く皐月。
右手のみで操作していく。
時折、苺佳に視線を向ける皐月。
苺佳はおかずを頬張っている。
教室に入って来る雄馬。
それに気付く皐月。
皐月「苺佳、先観てて」
苺佳「どこ行くの?」
皐月「ん? ちょっとね」
席を立つ皐月。
雄馬の方へ歩く。
雄馬「あ」
教室後方に向かう雄馬と皐月。
苺佳は視線を逸らす。
スマホで流れ始める動画。
苺佳と皐月の推しアイドルが映る。
向かい合わせに立つ雄馬と皐月。
皐月「どうだった?」
雄馬「とりあえず、黒川先生が苺佳と話しするって」
皐月「そっか」
皐月、視線を苺佳に向ける。
苺佳は動画に釘付けになっている。
雄馬「俺さ、あとで直接、内田に問質そうと思うねんけど」
皐月「えっ」
雄馬「原因は俺にあるし。それに、大体、虐めてる奴って、先生にバレんような嘘つくやん。だったら。俺が直接聞いたほうが早いかと思って」
皐月「なるほど……」
教室の中を見渡す雄馬。
皐月「内田ちゃんなら、さっき出て行った」
雄馬「そっか」
教室から出て行く雄馬。
皐月は目で追う。
苺佳は動画を止める。
そして、のこりのおかずを頬張る。
○同・廊下
待ち伏せしている雄馬。
歩いてくる真玲。
雄馬は大股で真玲に近づく。
雄馬「おい」
無視し、歩き続ける真玲。
雄馬「おい、お前」
立ち止まる真玲。
振り向き、雄馬のことを見る。
真玲「お前って、私のこと?」
雄馬「お前以外に誰がいるんだ」
真玲を指す雄馬。
怒りと照れが混ざる表情。
雄馬「お前に、聞きたいことがある」
真玲「何?」
雄馬「嫌がらせしてんの、お前なんやろ」
真玲「え~、何のことかな?」
首を傾け、上目遣いをする真玲。
雄馬は怒りの表情。
雄馬「恍けるな」
真玲「ん~、それじゃ、今日の放課後、教室で真相を話してあげる。だから、苺佳さんと一緒に来てよ」
雄馬「苺佳は関係ないやろ」
真玲「連れてこないなら話さないけど、いいの?」
舌打ちする雄馬。
雄馬「分かった」
真玲「それじゃあ、放課後、楽しみにしてるから。えへへっ」
手を振り、教室に帰っていく真玲。
雄馬はもう一度舌打ち。
真玲の背中を見ながら呟く。
雄馬「めんどくさい女」
○同・2年2組教室(夕)
着席している生徒たち。
晴れない顔をしている苺佳。
雄馬は心配そうな表情。
伊達「先生、今日の小テストの返却は?」
黒川「仕事が重なって採点が終わらんくてな、明日朝のホームルームで返すから、もう少し待っといてくれ」
嘆く生徒数人。
喜ぶ生徒数人。
伊達「そうですか。分かりました」
黒川「ほな、これで今日のホームルーム終わりや。号令かけて」
○同・職員室(夕)
ちらほらといる教員たち。
黒川は席に座っている。
苺佳の回答用紙を眺めている。
ドアのノック音。そして戸が開く。
苺佳(声)「失礼します。2年2組の野茂苺佳です。黒川先生に用事があってまいりました」
ドアの方を向く黒川。
立っている苺佳と目が合う。
黒川は手を挙げる。
苺佳「失礼します」
戸を閉め、歩み寄って来る苺佳。
黒川は回答用紙を伏せて置く。
黒川の席の横に立つ苺佳。
黒川「疲れとるとこ悪いな」
苺佳「いえ」
視線を黒川から回答用紙に向ける苺佳。
黒川は苺佳に視線を向け続ける。
黒川「んで、何で呼び出したか、言わんでも分かっとるやろ」
苺佳「机のこと、ですよね」
黒川「そうや。加藤が心配しとったで」
苺佳「……そう、ですよね」
黒川「それで、その嫌がらせのことやけどな――」
苺佳「(遮って)大丈夫ですよ。先生、お気遣いいただき、ありがとうございます」
頭を下げる苺佳。
黒川は向きを変える。
そして、机の回答用紙に視線を向ける。
黒川「野茂の点数がここまで低いなんて、珍しいこともあるもんやな」
回答用紙を手に取る黒川。
苺佳に裏向きのまま渡す。
ひっくり返す苺佳。
生唾を飲み込む。
黒川「野茂、この点数見ても、大丈夫やて言えるんか?」
苺佳「……言えます」
黒川「何や、えらい小さい声やな」
苺佳「い、言えます。私は大丈夫です」
黒目を左右に動かす苺佳。
黒川は軽く溜め息を吐く。
黒川「視線が定まらん。つまりは、大丈夫やない、てことやねんけどな」
苺佳「……」
俯く苺佳。
手に力を入れる。
回答用紙に皺が刻まれる。
黒川は苺佳の方に向き直す。
黒川「机の落書きの他に、なんかされたりとかしたことは?」
苺佳「……今のところはないです」
黒川「そうか」
顔を上げる苺佳。
前髪で目元を隠す。
苺佳「なので、大丈夫です。今回の机の文字は私が消します。私のせいですから」
黒川「それはアカン。あれは大切な証拠や。ちゃんと誰がやったかまでハッキリさせなアカンやつ。それぐらい、分かるやろ?」
苺佳と黒川の視線が合う。
黒川「俺は、嫌がらせ受けとる生徒のことを、見て見ぬふりはせえへんから」
苺佳「えっ」
黒川、腰を屈める。
そして太腿に腕を置き、手を組む。
黒川「俺な、教師始めて3年目のとき、大事な生徒を自殺で亡くしとんねん」
苺佳「え」
黒川「まだ1年生やった。俺が顧問を務めるテニス部の子でな、下手くそながらに頑張っとってん。それで、県大会で2位にまでなって。でもな、それを良く思わん奴が何人かおって、悪口言われるようになったんや」
黒川の机の上。パソコンの横。
薄汚れているテニスボール。
黒川は右手を伸ばし、手に取る。
黒川「部員からもクラスメイトからも仲間外れにされた挙句のことやった」
テニスボールを握る黒川。
黒川「俺は彼の異変に気付いとったのに、助けられんかった。だから、そのとき誓った。小さなことでも見逃さへんって」
テニスボールを天上向けて突き出す黒川。
苺佳は軽く俯いている。
黒川「それやから、俺は野茂のことが心配で仕方ないねん。何か、助けられることはないか?」
苺佳「今は大丈夫です」
黒川「そうか……。分かった」
苺佳はテスト用紙を黒川に渡す。
苺佳「ありがとうございました」
頭を下げる苺佳。
黒川はテスト用紙を受け取る。
苺佳「失礼します」
黒川に背を向ける苺佳。
黒川、椅子から腰を上げる。
黒川「野茂」
振り返る苺佳。
黒川「信頼できる誰かに助けてって言えると、さらにカッコよくなるで」
ハッと息を呑む苺佳。
黒川は歯を見せて笑う。
苺佳「はい」
一礼する苺佳。
そのまま職員室を後にする。
○同・廊下
壁に背を預けて立っている雄馬と皐月。
歩いてくる苺佳。
苺佳に気付き、近寄る雄馬と皐月。
雄馬「どうやった?」
苺佳「……」
皐月「何か話されたんでしょ?」
俯き続ける苺佳。
雄馬「なんか進展でもあったん?」
顔を上げる苺佳。
怒りの目付き。
苺佳「ねえ、どうして先生に話したの?」
苺佳から視線を逸らさない雄馬。
雄馬「苺佳のことが心配だから」
苺佳「私は、大丈夫って言ったよ。その言葉、雄馬なら信じてくれると思ったのに」
雄馬「今日の小テストだって、できなかったって嘆いてただろ」
苺佳「それは、ちょっと復習が足りなかっただけで……」
視線を逸らす苺佳。
皐月は雄馬と苺佳を交互に見る。
雄馬「絶対に、あのこととは関係がないって、そう思うんだな」
苺佳「そうだよ。実際に関係がないもの。1時間目のときに机は変えてもらえたから」
雄馬「でも、メンタルがやられてるから、いつもみたいな集中力が発揮できへんかった、違う?」
口を噤む苺佳。
拳を震わせる。
苺佳に一歩近づく皐月。
少し首を傾げて問う。
皐月「ねえ苺佳、何でいつも強がるの? 少しは自分の気持ちに素直になったら?」
苺佳「私はどう頑張っても、いつも自分に素直な皐月みたいにはなれない」
皐月「それ、どういう意味?」
苺佳「私は結局嫌われる、そういう人だから」
苛立っている苺佳。
皐月は呆れている。
皐月「そう自暴自棄にならなくてもいいじゃん。ほら、もっと、こう明るく――」
苺佳「(遮って)皐月なんでしょ、雄馬に、先生に話したほうがいいって言ったの」
苺佳の目には涙が浮かんでいる。
怒りに満ちている表情の苺佳。
皐月はスッと視線を逸らす。
皐月「それは……、苺佳が心配だから」
苺佳「みんながみんな、口を揃えてそう言ってくれるけど、本当に心配しているの?」
皐月「は? 何言ってんの、苺佳」
苺佳に圧をかける皐月。
雄馬は心配そうに苺佳を見る。
苺佳「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから、もう拘わらないで。下手に関わると、私みたいな嫌がらせ受けることになるよ」
雄馬「苺佳、いくら何でも――」
苺佳「(遮って)雄馬だって、雄馬だよ。もういい。2人とも私から離れて。お願いだから」
皐月「ちょっと、苺佳!」
苺佳の袖口を掴む皐月。
苺佳「ちょっと、離して!」
勢いよく皐月の手を振り払う苺佳。
そのまま走って去っていく。
追おうとする皐月。
雄馬は手で制止させる。
○同・2年2組教室(夕)
教室にいる真玲。
自分の机の上に足を組んで座っている。
入って来る苺佳。
涙を袖口で拭う。
一目散にリュックを手に取る苺佳。
真玲「あれ~、帰っちゃうの?」
息を呑む苺佳。
振り向き、真玲に視線を向ける。
真玲「聞いてないの? 雄馬君に、大事な話をするんだけど」
苺佳「私は、関係ないよね?」
真玲「関係あるよ。もうすぐ雄君が戻ってくると思うんだけどな」
駆けてくる2人分の足音。
戸が開く。
息を切らしている雄馬と皐月が経っている。
真玲「あっ、戻って来た」
真玲、にこやかに笑う。
が、皐月を見て、睨む。
皐月「内田ちゃん、私は邪魔しないから」
歩いて机の上のリュックを手に取る皐月。
皐月「苺佳、私、音楽室いるから。用が済んだら来てよ。待ってるから」
リュックを背負い、教室から出る。
残る苺佳と雄馬と真玲。
雄馬の斜め後ろに立つ苺佳。
真玲は机から降りる。
両手を広げる真玲。
満面の笑みを浮かべる。
真玲「さあさあ、ついにこのときが来たね!」
○同・音楽室(夕)
室内に1人でいる皐月。
椅子に座っている。
視線の先。苺佳のギターケース。
ドアが開く音。
ケースを背に入って来る関本。
関本「あれ、いっちゃんは?」
皐月「今日は来ないと思う」
関本「え、なんで」
視線を関本に移す皐月。
一筋の涙を流す。