『ゴールデンゴール』
36

「旦那も子供もいるのに-渚さん-ったらすごくモテるの妬けちゃう」

そんなふうに渚のプライバシーを暴露してしまう愛理に
季々がコラと(たしな)める素振りをする。

俺はすぐに稲岡の様子を伺った。

ヤツはシレっと無言を貫いて酒を飲んでいる。
読めん……ヤツの腹の内が。

「稲岡さん以外にも渚さんって人気あるんですよ。
お客さん曰く、あの清楚な色気にやられるらしいです。
実は私も渚さんに憧れてるんです。
ってことで、渚さんには旦那さんもお子さんもいるので、手出し無用ですよ」
そんなふうに渚という女性のことを褒めそやしたりした上で、愛理が牽制する。


それまで聞くことに徹していた稲岡が火を噴いた。

「分かってないな~。そんなの関係ないさ。
それにここは無法地帯なんだから、俺の魅力で振り向かせてみせるだけだよ」

「そうこなくっちゃ。稲岡さん、素敵っ」

俺は二人の遣り取りを聞いていて頭が痛くなってきた。
酒の席だとはいえ、話の内容がハチャメチャ過ぎる。

この店に来る途上で稲岡から聞いていた感触からすると、内心では激しく
傷ついてる気がしなくもない。

俺はそれとなく、若いホステスに話を振ってみた。

「その渚って女性(ひと)のことだけど、店のお客さんとの浮いた話は
ないの?」

「一緒に食事をしたという話は聞いてますけど、仕事が終わると子供の顔が
見たいからって、即効帰っちゃう人だから浮いた話は聞いたことないですね」


「だけどさ……子供がいるって話は本当だとして、旦那がいるっていうのは
本当なのかな。この業界ってシングルマザー多いじゃん」

そう横から稲岡が口を挟んできた。


「あっ、私が直接聞いたわけじゃなくて、マネージャーがポロっと口を滑らせた
時に聞いた話なんだけど……。

渚さん、将来自立できるようにお金貯めてるらしいって……。

で、これは私の単なる推測になるんだけど、もしかしたら離婚とか考えてるの
かな、なんて。だから、そのときは口説くチャンスあるかも」


「愛理、さっきは手出し無用って言っておいて、今度は付き合えるチャンスが
あると言い、俺をおちょくってんの?」


「ちょっと、愛理、酔ってんの?」

季々というホステスが稲岡に合わせて合いの手を上手く入れた。


そして結局その夜、渚というホステスが俺たちの席に付くことはなかった。
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