君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

1番大切な人

「すいません、連れが中に…。」
如月が慌てて駆け込んだのは最近よく来る海沿いに佇む洋食屋だった。
こぢんまりとした暖かな雰囲気と流れるBGM。何よりどの料理も美味しくてメニューを片っ端から食べてみようと、ここ1ヶ月ほど通い詰めていた。

「いらっしゃいませ。
如月先生!良かった…千紗ちゃんが…ちょっと前に1人で来られたんですけど、先に来ていたお客様となにやら深刻そうに話されてて…ちょっと心配で…」

この店の常連でもある千紗の事を心配して、オーナーの妻、由佳が如月に耳打ちする。

「彼女の事を気にかけて頂きありがとうございます。で、その客は女性ですか?」
駆けつけた如月も何かを察知しているらしく、由佳も少しホッとする。

「はい。派手な感じの方で、数時間前からずっと居座ってて…見かけない方なので気になってはいたんですけど…。」
早口でそう伝える。

「そうですか…。
大丈夫です。俺がなんとかしますから。」
如月が安心させるように笑顔を見せる。

「いつもの角の席です。」
由佳がそう言って如月に先を促す。
「ありがとう。」と、会釈をして如月は足早に千紗のいる席へと向かう。

「お待たせ。千紗、どうかしたのか?」
神妙な面持ちの彼女を見つけ駆け寄り、目の前の席に座る。

「すいません…急に及び立てして…。」
明らかにどこかおかしい彼女を目の前にして、如月は大丈夫だと、手を握りたい衝動に駆られる。

「いや、大丈夫。気にしなくていい。…それで、どうした?」
何となく現状は把握したが、千紗からとりあえずちゃんと聞かなくてはと、彼女の言葉を待つ。

「あの…。実は、私…」
千紗はそこまで話して、言葉を噤む。

如月は心配が加速して彼女をよく観察してみる。
目は潤みを帯び何かに怯えているように視線が泳ぐ。ぎゅっと両手でグラスを握りしめ、心痛な面持ちだ。

「私…1人でも大丈夫です。
如月先生に、これ以上心配して頂かなくても…仕事場にも1人で行けますし、料理も作れますし、日常に不自由な事は何もなくて…。」
必死に言葉を紡ぐ彼女が痛々しくて、早くその恐怖から救ってあげたいと思う。

「うん…知っている。
君は何でも出来るし、1人でも大丈夫だ。」
そう言って、グラスを握りしめる千紗の手をそっと握る。

ビクッとした千紗の手はサッと逃げてしまうけれど、心配になるほど冷んやりと冷たくて、如月の心は揺れ動く。

「あの、ですので…送迎は大丈夫ですし…」

「ちょっと待て…!」
千紗が勇気を出してやっと本題に入ろうと話し出したのに、如月の声がそれを止める。

「…指、どうした⁉︎」
目ざとく気付いたのは千紗の指先が赤い事。白い肌に浮かびがった赤は、明らかに火傷では無いかと思うほどで、バッっと勢いよくその手を引っ張り患部を見つめる。

「ええっ…!?」
と、びっくりするのは千紗の方で…なぜ見破ってしまったのか分からず戸惑う。

「火傷か?…痛く無いか?
結構赤くなっている。水疱と湿潤は見られないが…空気に触れるとヒリヒリしないか?ちゃんと冷やした?」
慌てた如月は直ぐに呼び鈴を押し、駆けつけて来た由佳に救急箱を所望した。

さすが料理屋だけあって火傷の類いの薬は整っていて、すぐに如月によって適切な処置が施される。千紗はずっとヒリヒリしていた痛みが緩和されていくらかホッとした。

「火傷は1番痛みの強い傷なんだ。軽症でも空気に触れるとヒリヒリ痛む。応急処置でラップなんかを巻いても痛みが和らぐけど、見たところ軽度I、II程度だけど、冷やしてなかったらもっと進行してたかもしれない。
…だから手が冷たかったんだな。」
如月は呟くようにそう言って、千紗の華奢な白い手を、如月の日に焼けた大きな手でそっと包む。

「あ、ありがとうございます…。」
火傷のせいで話しが大分それてしまって、千紗は気持ちをどう立て直そうかとドギマギしてしまう。握られた手さえも振り払う事が難しい。

「で…、君はいつまで隠れてるつもりだ?」
如月が不意に氷のように冷たい声でそう告げた。

場の空気が一瞬にして凍った気がする。
千紗もハッとして、集中して周囲の気配を伺う。

「椎名香さん、貴女には警告した筈だ。彼女を巻き込んだらタダじゃおかないと。」
如月の鋭く尖った言葉は目の前にいる千紗をも怯えさせる。ただ、握られた手の温もりはとても優しいから、気持ちは穏やかでいられた。

「こんばんは…如月先生。 
いつからお気付きでしたの?」
ふふふっと笑いながら椎名が、何事もないようにこちらに向かって来る気配を感じ、千紗はビクッと身体を揺らし警戒する。

それにいち早く反応した如月は立ち上がり、千紗を庇って背に隠すカタチで立ちはだかる。

「あら、いいのかしら?そんな風に彼女を庇って、私を蔑ろにしたら父が黙っていないわよ。」
如月に向けてまで脅すかのような口振りは、とても婚約者としての態度ではないと、千紗はオドオド聞いていた。

「俺は一向に構いません。病院は何も一つじゃ無い。どこでも働けるし、彼女はしっかりしてますから柔軟に対処するでしょうし。」
ピリピリとした雰囲気は周りの客をもビクつかせてしまう。

「分かったわ。
交渉決裂ね…あなたの顔、とても好みだったのだけど…残念。後で後悔しても遅くてよ。」
そう捨て台詞を吐いて椎名香は足早に去っていった。

空気が静寂に戻り、BGMのピアノの音がやたら大きく聞こえてくる。千紗はホッと一息吐いて身体の緊張を解いた。
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