君の瞳にこの愛を捧ぐ〜凄腕眼科医の執着愛〜

心のよりどころ

(千紗side)
こんなところでのんびりお風呂に浸かっていていいの…?

彼がどんな人か分からないのに、のこのこ着いてきてしまった自分に、今更ながら危機感を感じ始める。

死ぬつもりでいた手前こんな展開があるとは考えてもいなかったし、たとえ襲われたとしても何も言えない状況だ…。

急に怖くなって慌てて湯船から出て服を手に取るけれど、絞れるほどびしょ濡れで…
とりあえず身体を拭きバスローブを羽織る。

シャツや制服のブレザーを絞ってみるけれど…こんな事をして何になるの…と、途中でどうとでもなれという捨て身の気持ちが湧いてきて、床にぺたんと座り込む。

どうせ手離すはずだった人生だ。既にこの世に執着も未練も無い…この身がどこへ流されようと、どうでもいいやと開き直る。

しばらくそのまま床にへたりこんでいたら、ガチャンと重たそうなドアが開き誰かが入って来る気配がする。

誰かって、あの人しかいないだろうけど…

見ず知らずの私を助けお節介にも介抱してくれる人…名前は…藤堂…さんだっけ?
さっき聞いた名前さえもうる覚えで、助けてもらう価値さえないなと自笑する。

「着替えの服を適当に買って来たけど…
どうした…⁉︎…体調悪いのか?」
床にへたり込んだ私を見つけ、彼が慌てて近寄ってくる。

額に手を当てられて、耳下のリンパを探られ、目の下を押されて、
「若干、貧血気味か…。」
と、呟く彼はまるでお医者さんのようだった。

そんな事を他人事のように考えていると、突然ふわりと身体が中に浮き、

「ひゃっ⁉︎」
っと驚き思わずしがみ付く。

「何も、取って食うつもりは無い。ただの人道支援だ。怯えなくていい。」
藤堂はフッと笑い、私を軽々抱き上げて、ふわふわと柔らかな場所にそっと下ろしてくれた。

ここは…?
ぼんやりとした視力で周りを見渡して、手探りすれば柔らかな布団の上だと分かる。どうやらベッドの上らしい。

「どのくらい見えている?俺の顔は?…この指何本か分かるか?」
視界の前で彼が手を振っている気配を感じ、目を凝らして見つめてみる。

「1本…2本ですか?」
おぼろげにしか見えない視界は心元なく、はっきり断言出来ない程だ。これが、私の今の現状なのだ。

「そうか…。眼鏡をかけたらどのくらい見える?」
彼が離れる気配がしたかと思うと、ふいに眼鏡をかけられる。あの雨の中、衝撃でどこかに飛んでしまっただろう眼鏡を、ちゃんと見つけ出してくれていた。

急に視界の焦点が合い…
彼の顔が思いもよらない近さにある事を認識して、ワッと驚き後退する。

「見えたみたいだな。」
彼は変わらず冷静な態度で、フッと笑って後退する。

この人…すごいイケメンだ…

スーッと通った鼻筋に鋭く見据える目は二重のアーモンド型、キュッと引き締まった唇は薄く男らしく、まるで雑誌から飛び出してきたかのような美男子だった。

なぜこんな人が…⁉︎
見て見ぬ振りして通り過ぎる事だって出来た筈だ。

「何故、見ず知らずの私なんかを助けたんですか?私なんか捨て置いてくれたら良かったのに…。」
自暴自棄になっている私に感謝の気持ちはこれっぽっちも無く、助けてもらった命の恩人を目の前に辛辣な言葉を並べる。

「本気で死ぬ気だったら人通りの少ない場所を選べ。こっちだって目の前で死なれたら迷惑だ。それに、飛び込み自殺は後片付けが大変なんだ。処理に電車の遅延に…多くの他人を巻き込むな。」

ハァーと深いため息と共に、王子様のような顔立ちに似合わず、目の前の男も辛辣な言葉を並べ立て始める。

それを聞いてなぜだか私も安堵した。
『死ぬな。生きろ。』と諭されるより、淡々と『迷惑だ。消えろ。』と言われた方が幾分気持ちも楽になった。

「すいませんでした。ご迷惑をおかけして…幾らかかりましたか?お支払いさせて頂きます。」
私も負けずに淡々と話す。

「…金はいい。まぁ…とりあえず、君の身の上話しでも聞いてやるから、話せばいくらか楽になるだろ。」
ベッドの脇にドカンと無造作に座って、先程買って来たビニール袋から、温かいミルクティーのペットボトルを差し出して来る。

優しさと冷たさを兼ね揃えた彼は、ベッドに転がされた私の方には目もくれず、自分用に買って来た缶コーヒーをカチッと開けて、グビッと飲む。

私もやっと身体を起こしてその隣に座ると…
彼からはまだ雨の匂いがして、そこで気付く。

「あの…先にあなたこそ身体を温めるべきでは?」
冷静にそう言う私を一瞥して、誰のせいでこうなったと思う?と言う風な空気を醸し出す。

「そうだな…。俺がシャワー浴びてる間に逃げるなよ。」
彼はそう鋭く言い放って足早に浴室へと消えていった。

私はというとハァーと大きく息を吐き捨て、ベッドに再び転がる。

既に逃げる気力も無い。ただ間接照明に照らし出された薄暗い天井を見つめていた。
お風呂で身体も温まったせいか、連日の寝不足のせいか分からないけれど、うとうと睡魔に襲われる。

普段ならもっと警戒心があった筈なのに、この最悪なタイミングで…事もあろうに私は意識を手離してしまった。
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