偽装婚約しませんか!?
「ふふ。さすがヴィオラだ。昼前に店頭に並ぶと、三十分で完売するパイ専門店の看板商品だよ。従者に買ってきてもらった、出来たてほやほやだ。レモンカスタードが絶品でね。メレンゲのふわふわ感も癖になるんだ。きっと君も気に入ると思う。……はい、あーん」

 美しい焼き目のパイを口元に運ばれて、食べないという選択肢はない。食欲に忠実なヴィオラは素直に口を開く。
 一口噛めば、爽やかなレモンの香りがぶわっと押し寄せた。
 濃厚なカスタードクリームが口の中でとろける。サクサクのパイ生地はこれだけで食べたいくらい香ばしく、つのを出して焼かれた甘いメレンゲが美味しさに拍車をかける。絶妙なバランスだ。早々に売り切れるのも納得である。
 甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がり、幸福感に包まれたヴィオラは瑠璃色の瞳をうっとり細めた。その様子を眺めていたローレンスはくすりと笑う。

「本当に美味しそうに食べるね。もう一口どう?」
「いただきます」

 最初から、誘惑の声に抗う術など持ち合わせていない。
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