図書館の地味な女の子は…

10話 普通の女の子

数日が経った。
澪と祐也は、図書室で並んで座るのが当たり前になっていた。

ふたりの間には、特別な会話があるわけじゃない。
むしろ、話さない時間の方が多い。
でも、不思議とその沈黙は心地よかった。

ページをめくる音。
風の音。
たまに交わす、短い言葉。

「その本、好きなの?」

「うん。静かで、淡々としてて。……でも芯がある」

「零みたいだな」

「……そう?」

そんなやりとりが、祐也の胸を少しずつ満たしていった。

あの日、大毅から聞いた話も、あの銀の道具も、澪の目の奥の“何か”も――
全部、祐也は考えないようにしていた。

今のこの時間だけは、疑いたくなかった。
彼女が“普通の女の子”であると、信じていたかった。

「祐也くん」

不意に、澪が名前を呼んだ。
それだけで、心臓が跳ねる。

「……なに?」

「さっきの小説、読んでみたいなって思った。……ダメ?」

祐也は一瞬、息をのんだ。

まだ途中で、まだ未完成で、
それでも――この物語の原点は、澪だった。

「……いいよ。でも、笑うなよ?」

澪は小さく笑った。

「……笑わない。むしろ、楽しみ」

その笑顔は、祐也の胸に火を灯した。

書きたい。もっと書きたい。
この感情を、この時間を、この澪という存在を――ちゃんと、物語にしたい。

このとき、祐也はまだ知らなかった。
その物語が、やがて“真実”を暴き出してしまうことを。

でもそれでも、今はただ、
“好きだ”という気持ちが静かに育っていくのを、彼は止められなかった。
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