泡沫ユートピア
第四章、お誕生日会
「誕生日のお祝い……?」
蓮くんはぱちくりと目を輝かせ、きょとんとした顔をした。
「うん。そろそろ誕生日でしょ? 何か欲しい物とか、行きたい場所があるなら聞いておこうかな〜って」
「うーん……」
こういうお祝いはサプライズで用意するのが醍醐味なのかもしれないけれど、幼少期からの長年の付き合いになると、そろそろネタも尽きてくるのだ。
アクセサリー、化粧品、洋服、お菓子……女子の知識で思いつく限りのプレゼントは、これまでの人生で大体あげ尽くしてしまった。元々そういった細やかな気遣いが得意なタイプでもセンスがあるわけでもない私は、数年前から二人に直接「何が欲しい?」と聞くスタイルに切り替えていた。
その方がお互いにwin-winだし、決して考えるのが面倒くさくなったから……というわけではない。絶対に。
「悠斗は何て?」
「『蓮斗を祝え』だってさ。自分の誕生日でもあるのに、忘れちゃってるんじゃない?」
「僕は未来ちゃんにお祝いしてくれるだけで嬉しいよ?」
「でも、去年の誕生日の時、かなり祝ってもらったからさ〜」
去年の私の誕生日の時なんて、悠くんからは部屋の半分を占領するような大きなクマのぬいぐるみともこもこの肌触りの良いマフラー。蓮くんからは二人が大好きな有名ブランドの限定ネックレスと、予約困難な店のホールケーキだった。よく毎年ネタが尽きないものだと感心してしまう。
「すぐに思い付かなかったら後でも良いよ。あとは、叶えてほしいこととか」
「叶えてほしいこと……」
蓮くんは考え込むように顎に手を当てて、ぶつぶつと何かを呟き始めた。今までは「未来ちゃんの作ったクッキー!」とか「一緒に遊びたい!」みたいに適当かつ即答で欲しいものを答えてくれていたから、こんな風に真剣に悩み込むのは珍しい。
「……結婚は、三人じゃ無理だよね……。重婚……?いや、この場合は一妻多夫……?」
「うーん。何か不穏な言葉が聞こえるな〜……」
「……法律のことはよく分からないし、後で悠斗に聞いて……」
「ダメだこりゃ」
とりあえず「私に出来る範囲でね」と念を押しておく。仮に大人同士が勝手に決めた許嫁相手だとしても、高校生にして誕生日プレゼントでおいそれと自分の姓を捧げるわけにはいかない。というか、蓮くんってそんなに結婚願望があったのか……。相手はもうちょっと慎重に選んだ方が良いと思うけれど。
「……決めた」
「あ、決めたんだ。どうする?」
考え直してくれた蓮くんが、やけに意志のこもった顔付きで私を見てくる。あまりに真剣な顔付きなものだから、こちらも背筋が伸びたように力が入った。蓮くんの言葉を待つ私の間に、何とも言えない空気が流れる。ゆっくりと口を開く蓮くんの穏やかな声は、小さいけれど私の耳に確実に届いた。
「僕の……僕達の『お願い』を叶えてほしい」
蓮くんのお願いは至ってシンプル。いわゆる『一日何でもお願いを聞く』というやつだった。
「お願い……っていうと?」
「僕がやりたいこととか、悠斗のやりたいことに付き合ってほしいんだ」
「あ、悠くんの分も」
「うん。一日だから……二人分としてならそれくらい我儘言っても良いかなって」
少し恥ずかしそうにもじもじする姿に胸の奥がジーンと暖かくなって、孫がいるおばあちゃんってこんな気持ちなのかなって考えた。普通ならどんなお願いをされるやら、と疑ってしまうが、蓮くんのことだ。悠くんも『蓮斗のお願いに付き合ってくれ』くらいしか言わないだろうし、断る理由は特になかった。
「うん。良いよ〜」
「ほ、本当?やった!」
「何するか考えておいてね〜!」
「うん!悠斗にも僕から伝えておくね」
花がほころんだように笑顔で喜ぶ蓮くん。
この会話をしたのが約二週間程前のことだった。
✳✳✳
「楽しかったね〜」
「ああ、父さんと母さんも元気そうだったしな」
今日は六月十三日。二人の誕生日の翌日だ。今日は六月十三日。二人の誕生日の翌日だ。
誕生日当日は例年通り、敷居の高さに胃が痛くなるような桜井家のお屋敷でお祝いパーティーが盛大に催された。そのため、私の誕生日プレゼントである『一日何でも言うこと聞く日』は、繰り下げで誕生日の翌日――つまり今日決行されたのだ。
ひとつ目のお願いは『一緒にお出かけすること』。
お昼は蓮くんがずっと行きたがっていたおしゃれなカフェで美味しいランチを食べ、電車に揺られて隣町にある大型のショッピングモールへ向かい、服や可愛いアクセサリーを見て回った。
その後は悠くんの希望で、賑やかなゲームセンターへ。悠くんが華麗な手さばきで巨大なぬいぐるみを一発で仕留めてくれて、三人で大はしゃぎした。
久しぶりに乗る電車は何だか新鮮で楽しくて、乗っているだけでワクワクしてしまって。
私があまりにも目をキラキラさせるものだから、二人に「子供みたい」と笑われてしまった。
午後は時間が少し余ったので、三人で色々なお店をブラブラすることにした。
そして、さすがに歩き疲れたということで通路に置いてあるベンチに座る。
「ねぇ、ちょっとトイレ行ってきても良い?」
私が立ち上がってそう言うと、二人は「うん」と頷いて買い物袋を取り上げた。
「じゃあこの荷物、俺達が持っとく」
「うん。ありがとう」
通路左に曲がり、トイレを見付ける。
トイレを済ませて二人の待つベンチに戻ろうとしたら、後ろから肩をポンッと叩かれた。
「ねえそこの子〜」
え?
振り返ると見知らぬ男が一人で立っていた。
「可愛いね、一人〜?」
その言葉を聞いて、ちょっと焦る。
これって、もしかしなくても…………ナンパってやつ?
こんなショッピングモールでナンパとかしてくる人っているんだ。てっきりアニメの中だけの話かと……。
「いえ、一人じゃ……」
「俺も一人なんだ〜。良かったら一緒にまわろ〜」
「結構です!」
(話が通じない!!)
その時、横からサッと手が伸びてきて、男の手を掴んだ。
「嫌がっているじゃないですか」
その声にハッとして横を見ると、ムッとした顔の蓮くんがいた。
しばらく蓮くんと男が睨み合っていたら、男がバッと手を離し、焦ったように声を上げる。
「うわっ、何だよお前」
「何って……婚約者?」
「……は?」
さらに蓮くんは私に抱きつくと、自信満々に言った。
「この子は僕の婚約者だから、触らないでもらえるかな?」
思いがけない蓮くんの言葉に一瞬ドキッとした。婚約者というのは当っているが……。
男は何ともない表情を浮かべたかと思うと、悔しそうに大声を上げた。
「くそっ、イケメンめー!」
そして、男はどこかに走って行ってしまった。
蓮くんはぱちくりと目を輝かせ、きょとんとした顔をした。
「うん。そろそろ誕生日でしょ? 何か欲しい物とか、行きたい場所があるなら聞いておこうかな〜って」
「うーん……」
こういうお祝いはサプライズで用意するのが醍醐味なのかもしれないけれど、幼少期からの長年の付き合いになると、そろそろネタも尽きてくるのだ。
アクセサリー、化粧品、洋服、お菓子……女子の知識で思いつく限りのプレゼントは、これまでの人生で大体あげ尽くしてしまった。元々そういった細やかな気遣いが得意なタイプでもセンスがあるわけでもない私は、数年前から二人に直接「何が欲しい?」と聞くスタイルに切り替えていた。
その方がお互いにwin-winだし、決して考えるのが面倒くさくなったから……というわけではない。絶対に。
「悠斗は何て?」
「『蓮斗を祝え』だってさ。自分の誕生日でもあるのに、忘れちゃってるんじゃない?」
「僕は未来ちゃんにお祝いしてくれるだけで嬉しいよ?」
「でも、去年の誕生日の時、かなり祝ってもらったからさ〜」
去年の私の誕生日の時なんて、悠くんからは部屋の半分を占領するような大きなクマのぬいぐるみともこもこの肌触りの良いマフラー。蓮くんからは二人が大好きな有名ブランドの限定ネックレスと、予約困難な店のホールケーキだった。よく毎年ネタが尽きないものだと感心してしまう。
「すぐに思い付かなかったら後でも良いよ。あとは、叶えてほしいこととか」
「叶えてほしいこと……」
蓮くんは考え込むように顎に手を当てて、ぶつぶつと何かを呟き始めた。今までは「未来ちゃんの作ったクッキー!」とか「一緒に遊びたい!」みたいに適当かつ即答で欲しいものを答えてくれていたから、こんな風に真剣に悩み込むのは珍しい。
「……結婚は、三人じゃ無理だよね……。重婚……?いや、この場合は一妻多夫……?」
「うーん。何か不穏な言葉が聞こえるな〜……」
「……法律のことはよく分からないし、後で悠斗に聞いて……」
「ダメだこりゃ」
とりあえず「私に出来る範囲でね」と念を押しておく。仮に大人同士が勝手に決めた許嫁相手だとしても、高校生にして誕生日プレゼントでおいそれと自分の姓を捧げるわけにはいかない。というか、蓮くんってそんなに結婚願望があったのか……。相手はもうちょっと慎重に選んだ方が良いと思うけれど。
「……決めた」
「あ、決めたんだ。どうする?」
考え直してくれた蓮くんが、やけに意志のこもった顔付きで私を見てくる。あまりに真剣な顔付きなものだから、こちらも背筋が伸びたように力が入った。蓮くんの言葉を待つ私の間に、何とも言えない空気が流れる。ゆっくりと口を開く蓮くんの穏やかな声は、小さいけれど私の耳に確実に届いた。
「僕の……僕達の『お願い』を叶えてほしい」
蓮くんのお願いは至ってシンプル。いわゆる『一日何でもお願いを聞く』というやつだった。
「お願い……っていうと?」
「僕がやりたいこととか、悠斗のやりたいことに付き合ってほしいんだ」
「あ、悠くんの分も」
「うん。一日だから……二人分としてならそれくらい我儘言っても良いかなって」
少し恥ずかしそうにもじもじする姿に胸の奥がジーンと暖かくなって、孫がいるおばあちゃんってこんな気持ちなのかなって考えた。普通ならどんなお願いをされるやら、と疑ってしまうが、蓮くんのことだ。悠くんも『蓮斗のお願いに付き合ってくれ』くらいしか言わないだろうし、断る理由は特になかった。
「うん。良いよ〜」
「ほ、本当?やった!」
「何するか考えておいてね〜!」
「うん!悠斗にも僕から伝えておくね」
花がほころんだように笑顔で喜ぶ蓮くん。
この会話をしたのが約二週間程前のことだった。
✳✳✳
「楽しかったね〜」
「ああ、父さんと母さんも元気そうだったしな」
今日は六月十三日。二人の誕生日の翌日だ。今日は六月十三日。二人の誕生日の翌日だ。
誕生日当日は例年通り、敷居の高さに胃が痛くなるような桜井家のお屋敷でお祝いパーティーが盛大に催された。そのため、私の誕生日プレゼントである『一日何でも言うこと聞く日』は、繰り下げで誕生日の翌日――つまり今日決行されたのだ。
ひとつ目のお願いは『一緒にお出かけすること』。
お昼は蓮くんがずっと行きたがっていたおしゃれなカフェで美味しいランチを食べ、電車に揺られて隣町にある大型のショッピングモールへ向かい、服や可愛いアクセサリーを見て回った。
その後は悠くんの希望で、賑やかなゲームセンターへ。悠くんが華麗な手さばきで巨大なぬいぐるみを一発で仕留めてくれて、三人で大はしゃぎした。
久しぶりに乗る電車は何だか新鮮で楽しくて、乗っているだけでワクワクしてしまって。
私があまりにも目をキラキラさせるものだから、二人に「子供みたい」と笑われてしまった。
午後は時間が少し余ったので、三人で色々なお店をブラブラすることにした。
そして、さすがに歩き疲れたということで通路に置いてあるベンチに座る。
「ねぇ、ちょっとトイレ行ってきても良い?」
私が立ち上がってそう言うと、二人は「うん」と頷いて買い物袋を取り上げた。
「じゃあこの荷物、俺達が持っとく」
「うん。ありがとう」
通路左に曲がり、トイレを見付ける。
トイレを済ませて二人の待つベンチに戻ろうとしたら、後ろから肩をポンッと叩かれた。
「ねえそこの子〜」
え?
振り返ると見知らぬ男が一人で立っていた。
「可愛いね、一人〜?」
その言葉を聞いて、ちょっと焦る。
これって、もしかしなくても…………ナンパってやつ?
こんなショッピングモールでナンパとかしてくる人っているんだ。てっきりアニメの中だけの話かと……。
「いえ、一人じゃ……」
「俺も一人なんだ〜。良かったら一緒にまわろ〜」
「結構です!」
(話が通じない!!)
その時、横からサッと手が伸びてきて、男の手を掴んだ。
「嫌がっているじゃないですか」
その声にハッとして横を見ると、ムッとした顔の蓮くんがいた。
しばらく蓮くんと男が睨み合っていたら、男がバッと手を離し、焦ったように声を上げる。
「うわっ、何だよお前」
「何って……婚約者?」
「……は?」
さらに蓮くんは私に抱きつくと、自信満々に言った。
「この子は僕の婚約者だから、触らないでもらえるかな?」
思いがけない蓮くんの言葉に一瞬ドキッとした。婚約者というのは当っているが……。
男は何ともない表情を浮かべたかと思うと、悔しそうに大声を上げた。
「くそっ、イケメンめー!」
そして、男はどこかに走って行ってしまった。