【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 ◆◆◆

 
 ――「今日からお前は、リアム・ルクレールと名乗るように」


 それは彼が七つになったばかりの、ある雨の日のことだった。
 
 娼婦だった母を亡くし、劣悪な孤児院で酷い生活を送っていた彼の前に、突然、『父の使い』と名乗る者が現れたのは。

「死んだ母親の名は?」
「“――”です、旦那さま」
「よろしい。私と一緒に来なさい」

 そんな短い会話を交わし、連れてこられたのがこの屋敷。
 そこにいたのは、見覚えのない父親と、今年二歳を迎えるという、腹違いの妹・オリビアだった。

 父親は対面早々、彼を冷たく見下ろし、こう言った。

「お前の兄が死んだ。――よいか。お前は代わり(・・・)だ。我が家門に泥を塗らぬよう、よく学べ」

 ルクレール侯爵は、二年前のオリビア誕生時に妻を亡くし、続けて長男を事故で亡くしていた。

 だが世襲貴族の制度上どうしても男児が必要だった侯爵は、かつて自身の子を身ごもった娼婦の情報を調べ上げ、内密に引き取ったのである。
 

 新しい名前を与えられたリアムは、教えられることを必死に学んだ。
 二度と孤児院には戻りたくないという一心で。

 だが、彼がどれだけ努力しても、父の求める結果は残せなかった。

「お前の兄は優秀だった」
「あの子さえ生きていれば……」
「なぜ同じようにできんのだ!」

 そんな罵声を浴びせられる度、リアムの心は(えぐ)られた。
 日常的に行われる体罰も、心身を酷く弱らせた。

 それでも彼が耐え忍んでこられたのは、オリビアの存在があったからだ。
 
「おにーさま、大好き!」と、太陽のような明るさで笑いかけてくれる妹の成長を、ずっと側で見守っていきたいと思ったから。

 ――それなのに。
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