【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

 思わず震えが止まるほど力強い瞳で見つめられ、シオンはますます呆気に取られる。

 いったいこの女性は何者だろうか、と。
 
 そんなシオンに、少女は諭すような声で続けた。

「でも顔色が悪いから、すぐにお医者様にお診せした方がいいわ。わたくしの屋敷が近いから、そこに運びましょう。――アンナ!」
「はいっ、お嬢様……!」
「あなたは先に行って、辻馬車を二台止めてらっしゃい。一台にはわたくしとこの方たちが乗るから、あなたはもう一台の馬車で、先生を呼んで屋敷に連れてくるの。できるわね?」

 ようやく追いついてきた侍女は、主人の命令にコクリと頷き、放り捨てられた日傘を回収した上で、通りの方へ一目散に駆けていく。

 少女はそんな侍女の背中を見送って、再びシオンを見据えた。

「あなた、名前は?」

 強い口調で尋ねられ、シオンは言われるがまま答える。「シオン」と。

 すると少女は、「シオンね。わたくしはオリビア。オリビア・ルクレールよ」と名乗りながら立ち上がり、シオンを遠慮なく見下ろした。

「ほら、あなたも早くお立ちなさい。それとも、わたくしの手助けが必要かしら?」
「――っ」

 その挑発的な口調にプライドを刺激されたシオンは、ようやくいつもの冷静さを取り戻す。

 今は(ほう)けている場合ではない、と。

「いいえ、結構です。僕一人で運べます」

 シオンは今度こそはっきり言い切ると、エリスを腕に抱えて立ち上がる。

 そうして、オリビアの侍女が止めた馬車に飛び乗ると、オリビアの屋敷へと向かった。
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