ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 なのに蒼也が外の車を指す。

「実は、これから一緒に来て欲しいんだ」

「無理ですよ」

「園長先生には話をしてある」

 強引に背中に手を回す蒼也に翠は抵抗した。

「どこへ行くんですか。えっと荷物、それより、着替えもしないと」

「そのままでいい」

「良くないです。支度するんで三分待ってください」

 ――もう、なんなのよ。

 仕事場に押しかけてきて、園長に何を言ったか知らないけど、早退させてまで連れ出そうなんて、どういうつもりなのよ。

 許嫁なんて名ばかりでデートにだって誘ってくれたことないくせに。

 そもそも、私がミサラギグループの御曹司と関係があるなんて、園児の保護者に知られたら面倒なことになるんだけどね。

 だからこそ、園長は穏便に事を運ぼうとしてくれたんだろうけど、あんな目立つ車で来てたら、意味ないじゃないのよ。

 支度を済ませて戻ってくると、蒼也はいきなり手を引いて翠を車へと押し込んだ。

 ――まるで誘拐じゃないのよ。

 蒼也が乗り込むとすぐに運転手が後輪を沈ませながら黒塗りセダンを発進させた。

 どこへ行くのか訪ねようとしたら、蒼也が口にハンカチを押しつけてきた。

「翠」

 まさか、拉致監禁?

「ケチャップついてる」

 え、うそ!?

 うわあ、危ないところだった。

 また園児たちに笑われるところだった。

 って、車はすでに幼稚園から遠く離れ、高速道路に乗って、都心へ向かっている。

「どこに行くんですか?」

「病院だ」

 仕事の邪魔までして連れ出しておいて、一言だけの返事はあんまりじゃないかと、蒼也の横顔を見ると、言葉を継げないほど深刻に思い悩んでいるようだった。

「どうしたんですか?」

「実は、祖父なんだが……」と、蒼也は深くため息をついた。「食道癌が見つかってね。あと数ヶ月、長くて半年かそこらだそうだ」

「えっ?」

 ――余命半年?

 お正月にご挨拶したときは全然お元気そうだったのに。

「治療方法はないんですか」

「もともと五年前に左脚の腫瘍を摘出してるだろ。経過観察をして一度は寛解と言われていたんだが、たまたま先日、心房細動が出て精密検査をした時に見つかったんだ。すでに肺とリンパへの転移も確認されているし、年齢も年齢だけに、手術はかえって危険だろうというのが医者の見解だ。なにより、本人が、あらがうことなく、受け入れたいと言っているんでね」

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