ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 蒼也は額に口づけた。

「愛してるよ。だから泣かないでくれ。心配なんかしなくていい。翠のペースでいいんだ」

 恥ずかしそうにうつむき胸に顔を埋める妻を柔らかく抱きながら、蒼也はささやきかけた。

「これまでだって、二十年、ずっと我慢してきたんだ。いつまでも待つよ」

「そんなにはかからないですけど」

 ようやく泣き止んだ妻に蒼也はささやき続けた。

「それより、体調は大丈夫なのか。貧血とか、吐き気がしたり、匂いが気になったりしてないか?」

 今度は妻が首をかしげていた。

「俺は男だから分からないが、休暇を取る人もいるくらい辛いんだろ」

「私はそこまでひどくはならないんで大丈夫です」

「そうか。でも、無理するなよ。ゆっくり休んでいいんだからな」

 蒼也の言葉に翠が笑みをこぼす。

「よかった。がっかりさせちゃうかなって、心配だったんです」

「そんなことないよ。どんなことがあっても俺は翠を愛してる。これまでも、これからも、何があっても俺を信じていいんだよ」

「私も」と、翠が蒼也の胸に額を押しつける。「愛しています。これからもよろしくお願いします」

「ああ、俺も、よろしくな」

 と、キュルルと蒼也のおなかが鳴った。

 二人とも同時に笑い出す。

「おなか空きました?」

「さっき冷たいジャスミンティーを飲んだから刺激したかな」

「でもお夕飯の支度する時間ですよね。何がいいですか?」

「翠が食べられるものなら、なんでもいいぞ」

 気づかう蒼也の顔を見上げながら翠が吹き出す。

「なんだよ。どうした?」

「さっきから、悪阻と間違えてませんか?」

 ――ん?

 視線を上げて首をかしげる蒼也の胸を翠が人差し指でつつく。

「まだ何もしてないのに悪阻にはならないですよ」

「い、いや、べつに勘違いなんかしてないぞ」

「本当ですか?」

「当たり前だろ」

 強弁するほど翠の視線が疑り深くなっていく。

 頭に血が上って鼻に汗が浮かぶのを見られないように蒼也は冷蔵庫を開け、冷気に顔を突っ込んだ。

「そういえば、悠輝が昨日ジャガイモを持ってきたんだっけ。スポンサーからもらったらしい」

「じゃあ、コロッケ作りましょうか」と、翠も冷蔵庫をのぞき込む。

「揚げ物できるのか?」

 顔を見合わせながら翠が微笑む。

「得意ですよ」

「だったら俺も手伝うよ」

「じゃあ、先に部屋着に着替えてきますね」

 朗らかに寝室へと向かう妻の背中を見送りながら、蒼也はホッと胸をなで下ろしていた。

 ――よかった。

 うまく励ませたようだ。

 何が正解かは分からない。

 だけど、だからこそ、二人で見つけていけばいい。

 翠が笑ってくれるなら、俺は道化にだってなってみせるさ。

 鼻歌交じりにジャガイモを取り出しながら、蒼也は妻の笑顔を思い浮かべていた。

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