ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 キッチンに逃げた翠を追って蒼也が声をかけた。

「それなんだけどさ」と、冷蔵庫を開ける。「パンを買っておいたよ。デニッシュ系と少し温めるとおいしい惣菜系」

「わあ、おいしそうですね」

「会議が長引いて夜食をデリバリーで頼んだんだ。そこの店、パンも扱っててさ。ついでみたいで悪いけど」

「うれしいですよ」と、翠は思わず吹き出してしまった。「釣った魚に餌をやらないはずなのに」

「ああ、悠輝の話か」と、蒼也も笑う。「あいつもたまには間違えるのさ」

 早速翠はオーブントースターにチーズたっぷりのピザトーストを入れた。

 じっと中をのぞき込む翠に蒼也が微笑みかける。

「飲み物はオレンジジュースでいい?」

「はい、お願いします」

 テーブルの上に、カスタードクリームにフルーツを乗せたデニッシュと温めた惣菜パンを並べる。

「朝から豪華ですね」

「喜んでもらえて何よりだよ」

 さっきまで疲労の抜けない顔をしていた蒼也の表情が緩んでいる。

「じゃあ、いただきます」と、翠も朗らかな声を上げた。

 すると、蒼也がピザトーストをちぎって突き出す。

「ほら、あーんして」

「子どもじゃないです」

「いいから、ほら。チーズが垂れるよ」

 ああ、もう。

 パクッと口に入れたとたん、緊張して喉に詰まりそうになる。

 ん、ぐぐっ。

「おいおい、ほら、ジュース」

「は、はい」

「子どもじゃないんだろ」

「急いでるんですよ。朝からペープサートごっこなんかしてたから」

「ごめんごめん」と、謝った蒼也が真顔で見つめる。「翠……」

 ――え?

 と、いきなり頬にキスしてくる。

 ちょ、え!?

「トマトソースついてる」

 やだ、またついてた?

「翠はいつも翠だな」

「もう、馬鹿にして」

 頬を膨らませて口をとがらせる翠に、蒼也は人差し指を押しつけてきた。

「かわいいって言ってるんだよ」

 わざと拗ねたふりをしつつ朝食を終えて翠は支度を済ませた。

「ちぎり絵、忘れるなよ」

「あ、そうでした」

 危ない、危ない。

 センセー忘れん坊って、笑われちゃうところだった。

 スーツを脱ぎながら頬にキスして蒼也が背中を押す。

「俺はシャワーを浴びてくるから、行ってらっしゃい」

 翠は立ち止まってカウンターに置かれたスーツに手を伸ばした。

「ハンガーにかけておきましょうか」

「いや、そのままでいいよ。クリーニングに出すから」

「あ、そうなんですね。じゃあ、行ってきます」

 八月下旬の街は朝から入道雲が湧き上がり、部屋を出たとたん汗ばんでしまう。

 ハンカチを取り出し、たたくように額に当てると、気合いが入る。

 さて、今日も一日頑張ろうっと。

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