ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 それから私たちは古いお堂や何が書いてあるのか分からない石碑なんかをたどりながら、池のまわりをぐるりと一周して帰ってきた。

 パーティー会場脇の控え室に戻るときに、蒼也くんが大きな白い扉の前で私を手招きした。

「ここ、なんだか分かる?」

「ひみつきち?」

「ちがうよ」と、クスクス笑いながら蒼也くんが扉を開けて中に入れてくれた。

 そこはステンドグラスで飾られたチャペルだった。

「きょーかい?」

「うん、ここで結婚式をするんだって」

 お姫様に憧れる年頃だった私は、色とりどりの光が散りばめられた白い壁に圧倒されて、ぽうっと浮かんでいるような気分で中を見上げていた。

「いろんなところを見て、おもしろかったね」

「うん」

「やっぱりここは僕たちの秘密基地ってことにしよう」

 大人たちの知らない秘密を共有し合った私たちはすっかり仲良くなっていた。

「おーい、蒼也、そこにいたか」

 ちょうどパーティー会場から出てきたおじいさんがチャペルの扉を閉めた私たちを呼んでいた。

 その隣でうちのお父さんも手招きしていた。

 駆け寄って父に抱きつくと、「退屈だったか?」と、頭を撫でてくれた。

「ううん。すっごく楽しかった」

「それは良かったな。じゃあ、帰ろうか」

「やだ。もっとここで蒼也くんと遊びたい」と、私はだだをこねた。

 おじいさんの横で蒼也くんが申し訳なさそうに手を揉み合わせていた。

「ごめんね、翠ちゃん。また今度だね」

「いつなの? ねえ、いつ?」

 蒼也くんを困らせる私を見ておじいさんが笑い出す。

「じゃあ、うちに来なさい」

「わあ、やったあ!」

 と、その時の私は大喜びだった。

 単純に、蒼也くんともっと遊べると思ったからだ。

 なのに、おじいさんが言ってるのは違う意味だったらしい。

「蒼也のお嫁さんとしてな。ここで式を挙げるといい」

 後で知ったんだけど、その会場のホテルはミサラギグループが経営してて、その当時はおじいさまの幸之助さんが社長だったのね。

 だから、知らなかったとはいえ、私の方から許嫁に立候補しちゃったことになっちゃったのよ。

 お子様ランチに立ってたおしゃれな旗はミサラギホテルのシンボルマークだったと後で知ったんだけど、あーあ、もう、振り返るだけでも恥ずかしい記憶なのに、日常のいろいろな場面であのマークを見るたびに思い出しちゃうのよね。

 フタして埋めておきたい私の黒歴史。

 だけど、ずっと大事にしてきた蒼也さんとの思い出。

 どうせ、向こうは覚えてなんかいないんだろうし。

 許嫁なんて名ばかりだとずっと思って生きてきた。

 私の方は……忘れたわけじゃないんだけどね。

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