社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
 どれほどの時間、手を繋ぎ歩いたのだろうか――

 少し前を歩く彼を見つめ手をキュッと握れば、強い力で握り返してくれる。ただそれだけの行為が、こんなにも心を高揚させるなんて知らなかった。

――好き……

 この想いを伝える事が出来たなら、どんなに満たされる事か。

 しかし『好き』の一言が言えない。言ってしまえば、全てが終わってしまうと知っているから。

 彼が想いを寄せているのは『花音』であって私ではない。そして『鏡レンナ』と出会った今、彼もまた妹に奪われる運命なのだ。

 過去と同じように。

 妹に奪われるまでの、ほんの一瞬だけでも彼の側にいたい。

 そんな想いが私を大胆にさせる。

 キュッと握った手を強く引けば彼の足が止まった。

「颯真さん……。今夜だけ、私を恋人にしてもらえませんか?」

「今夜だけ君を恋人にって……、意味わかって言っているのか!?」

「もちろんです。今夜だけでいいんです。その後、付きまとったりしませんし、妹とプライベートで会いたいと言うなら協力もします。だから、今夜だけ私の恋人になってください。お願いですから……」

「ちょっと待って。その言い難いんだが、清瀬さんは過去に男女の仲になった人はいるの?」

「いません」

「なら、なおさら大事にするべきじゃないのか。自棄になって捨てるものでもないし……、な」

「颯真さんは処女は嫌ですか?」

「いや……、そう言う事を言っているのではなくて、初めては好きな男に――って、女子の夢だろ。それを好きでもない男に奪われて、後で後悔する」

「じゃあ、私が颯真さんを好きなら抱いてくれますか?」

「清瀬さんが俺を好き!? いや有り得ないだろ……、迷惑しかかけてない自覚はある」

 ついて出た言葉にハッとする。

 売り言葉に買い言葉ではないが、言えないと思っていた『好き』と言う言葉が口からこぼれ落ちたことで、心の中の枷がボロボロと崩れ落ちた。

 どうせ酔っ払いの戯言と思われているのだ。だったら、自分の想いを告げても良いのではないだろうか。
 
 今だけは、しがらみを捨てて自由になったって……

「好き――、颯真さんが好き。今夜だけは、貴方の恋人にしてほしいの」

 唇に感じた一瞬の熱が、凍りついた心を溶かす。

「もう、止まれないからな」

 その言葉を最後に私の手を掴み歩き出した彼の背を見つめ、心の中にある想いがさらに燃え上がるのを感じていた。
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