社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
 今朝、呼び出した美春に『花音引退』に関して問うた時の彼女の反応は予想外だった。きっと寝耳に水の話だったのだろう。

 瞳を丸くし言葉を失う彼女の様子に、やはり『花音』は美春さんでは無いと確信した。そして、『花音は穂花だね』と言った時に向けられた憎悪の感情は、間違いなく秘密を知った俺に対する牽制だった。

 さて、『花音』の正体を知られた今、彼らはどう動くのか……

 こちらへ向かい一直線に歩いて来る長身の男を認め、気を引き締める。

「一色さん、ご迷惑をおかけ致しました」

 謝罪の言葉を口にする男の表情からは何も伺えない。

「いいえ、それよりも美春さんの様子は?」

「今、やっと落ち着いて、病室で眠ってます」

「そうですか……」

 用があると言う美春さんを所属事務所まで送り届けたまでは良かった。彼女も『花音』の事で混乱していたのだろう。早急に、『花音』の正体を知られた事をマネージャーに知らせ、相談したかったのだろう。

 一方的に真実を突きつけて、揺さぶりをかけるのはフェアではない。彼らには、彼らの事情もある。

 だからこそ、事務所に行きたいと言った美春さんの希望を叶えた訳だが、まさかストーカーに待ち伏せされていたとは。

 刃物を構え、突進して来る男を認め、咄嗟に美春さんの腕を引き、ストーカー男を蹴り倒した訳だが、その後ろで美春さんが転倒していたとは、ついていない。

 しかも、その拍子に足を痛め、全治()()()か。

 まぁ、その程度の怪我で済んだと思えば、儲けものだな。

「それで……、一色さん。今回の事件のことですが、口外無用でお願いしたいのですが。過激なファンに襲われたとなると、他のファンにも影響が出ますし、鏡レンナの今後の活動にも支障が出ますので」

「今回の事件、鏡レンナの過激なファンが起こした事件のようですね」

「――っ! それは……」

 一瞬驚きの表情を浮かべた顔も次の瞬間には、元の無表情に戻る。ただ、目の前に座る伊勢谷律季が見せた一瞬の焦りから、事件の真相を俺に知られたくはなかったと分かった。

 『花音引退配信』が、今回の事件の原因にしたかったのかもしれない。

「なぜ、知っているのですか? 犯人が鏡レンナの過激なファンだったと」

「知り合いの警察官に聞いただけですよ」

「そうですか……、そうやって貴方は何でも手に入れて来たのでしょうね。人の秘密を詮索し、踏み込まれたくない領域にまで、土足で踏み込む」

「それは、『穂花』の事を言っているのか?」

「その問いに答える義務はないと思いますが、もし私が、その問いにYESと言えば、貴方は私たち三人から手を引いてくれるのですか?」

「手を引く? それは、穂花から手を引けと言っているのか? だったら、承諾は出来ない」

 膝の前で手を組み項垂れる男の表情は、わからない。ただ、彼から伝わってくるあきらめにも似た、落胆の気持ちが、俺にわずかな希望を与えてくれている。

 伊勢谷律季の中にも迷いがあるのかもしれない。

 今の状況に対する迷いが――
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